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宇多田ヒカル以上(?)だった母・藤圭子の人気
米ニューヨークの空港で、現金約42万ドル(約4900万円)を所持し、それを差し押さえられたことが発覚して、久々に注目された演歌歌手の藤圭子。
彼女は、1999年秋に今回とまったく違った形で注目された。
デビューアルバム「First Love」が日本の音楽史上最高の850万枚を売り上げたシンガーソングライター宇多田ヒカルの母として、だ。藤も娘に負けず劣らずの輝かしい栄光と実績を持つ。
デビューは69年。学生運動が激化し、東大安田講堂の占拠事件があり、新宿では西口でフォーク集会が行われた。日本中が騒然としていた年に「新宿の女」で華々しくデビュー。
「ぽつりと1人、白いギターを抱えて、うなるように歌う17歳の少女に、世の中は釘付けになった」(音楽関係者)
当時のキャッチフレーズは「黒のベルベットに身を包み純白のギターを持った宿命の少女」。
浪曲師の両親の間に生まれ、幼い頃から両親とともに旅回りの生活だった。人前で初めて歌ったのは小学校4年生の時。畠山みどりの「出世街道」を歌い喝采を浴びた。この時の快感が歌手を目指すキッカケになったという。
出世作は、70年に発売した「圭子の夢は夜ひらく」。園まりが同名タイトルの曲を歌っていたので、石坂まさをが歌詞を変えたものを歌った。これが爆発的ヒットとなり、当時80万枚を売り上げた。オリコンのチャートでは40週にわたって1位を維持した。
その年のファースト・アルバム「新宿の女」は3月30日付から8月10日付まで連続20週も1位にランクされ、セカンド・アルバム「女のブルース」が引き続き1位の座を17週間連続して占めた。つまり、約9カ月間、彼女のアルバムが1位を占拠したのだ。
「1人のアーティストの新作アルバム2枚が入れ替わって1位にランクされたケースはもちろん、37週にわたって1人のアーティストが1位に留まったのは空前絶後」とオリコン関係者。そしてこの年、「日本歌謡大賞」他、「日本レコード大賞大衆賞」「日本レコードセールス大賞」などを受賞。また、NHK紅白歌合戦に初出場し「夢は夜ひらく」を歌った。NHKは歌のタイトルについて、“圭子”というタイトルは売名行為になるとクレームをつけたというエピソードも…。
人気絶頂の71年、前川清と結婚するも、翌72年に離婚。デビュー10周年の79年、突然の引退表明後、渡米するなど世間を驚かせた。しかし、81年に藤圭似子で再デビュー。82年に宇多田照實氏と再婚し、83年に長女、光を生んだ。
「新宿の女」のキャンペーンでは新宿のレコード店や飲食店を回り歩いたという。そのキャンペーンの出陣式を行った思い出の場所「西向天神社」(東京・新宿6丁目)には、その歌碑がある。また、出世作「圭子の夢は夜ひらく」の歌碑も「花園神社」(同5丁目)に建立された。藤の歌心は、新宿の街に永遠に刻み込まれている。
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ふじ・けいこ
1951年7月5日、岩手県生まれ。(2006.10.10紙面掲載)



