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富士山、次の噴火はいつか?

funka20070124.jpg 2007年は、富士山が最後に噴火した宝永大噴火(1707)年から丸300年に当たる。折しも今月13日には、千島列島沖で発生した地震は、マグニチュード8・2の巨大エネルギーが観測された。長く音無しの構えで鎮座する活火山・富嶽は大丈夫なのか。オレンジ色の炎火を噴き上げる可能性は今、どうなっているのか。

 元気象庁職員という触れ込みで、『富士山大爆発』(著者の相楽正俊氏は99年に死去)という本が35万部を超えるベストセラーになったのは、四半世紀も前の82年。
 翌83年9月某日前後の1週間に90%の確率で富士が爆発、東京直下型の大地震も続いて首都は壊滅するという内容だった。当然(と言っていいのか)、何も起きなかったが、その後、列島はバブルの狂乱に酔い、弾けた直後、予想もしなかった阪神淡路大震災で神戸の街が壊滅した。複数のプレートが衝突する日本列島では、天変地異そのものは避けられない運命かもしれない。
 1968年の返還以降、ほとんど国民から忘れ去られていた硫黄島が、映画で久しぶりに注目を浴びたと思ったら、今度は昨年8月ごろから急速な隆起現象が見られ、「すわ、噴火か」と話題になった。
 こうした偶然の一致に意味を見いだそうとするのは疑似科学だろう。だが、今年で無噴火300年となった富士山は、絶海の孤島である硫黄島と違って、首都東京からわずか100キロ圏。
 常にテイクケアするに越したことはない。「天災は忘れた頃にやってくる」という格言は、備えに対する油断を戒める実践的なもののはずだ。

 政府中央防災会議は昨年2月、「富士山火山広域防災対策基本方針」をまとめた。平成16年にはハザードマップを作成し、関係自治体に対し、対策の充実を呼びかけている。
 こうした研究・報告をまとめると、溶岩流は山梨県側では噴火から6時間から12時間で一部が富士吉田市街に達し、24時間から7日の間に富士五湖に及ぶ。
 降灰は、5ミリ以上で鉄道信号機やポイントの異常が起き、東海道本線・新幹線、南関東の私鉄の延長1800キロの運行が困難となる。また、日量5センチを超えると除灰が追いつかなくなり、東名道・中央道など道路3700―1万4000キロが通行不能になる。羽田・成田空港もマヒ、1日500便以上が欠航し、22万人に影響が出る。
 送電線などのショートも考えられ、停電が多発。酒匂川水系の上水道では沈殿池の処理不全で給水不能になるなどライフラインも混乱する。
 最大で1250万人が目や鼻、気管支などに健康被害が出るほか、灰の重みで木造家屋が最大700戸全壊、7800人が避難を強いられる。土石流や洪水が発生した場合、最大1万1000戸が浸水、1900戸が全壊する。
 稲作18万ヘクタール、畑作6万ヘクタールに影響が及び、農林水産業全体で9000億円の被害。交通機関の690億円、ライフライン450億円、建造物4700億円など合わせた被害総額は2兆1400億―2兆5300億円と推定されている。
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【宝永噴火の積肺 最大3メートルに】
 今からちょうど300年前、江戸中期の宝永4(1707)年旧11月23日(新12月16日)正午ごろ、東南斜面5合目付近から、大音響大振動とともに噴火が始まった。古文書の絵などを見ると、火柱は山頂を優に越える高さに達し、火山礫が周辺の村々を襲った。
 火山灰は7億立方メートルを超えたとされ、富士東斜面で3メートルも降灰したほか、冬の富士上空特有の西寄りの風に乗って、横浜に16センチ、東京湾対岸の木更津に8センチ、房総半島を越えて九十九里沖にも降り注いだ。5代将軍、綱吉治世下の江戸は約100キロ離れているが、2―4センチ降り積もった。
 実は、噴火の49日前、東海沖から紀伊半島沖を震源とするM8・6クラスの宝永地震が発生。津波被害も含めて2万人以上といわれる犠牲者を出したばかりだった。この地震が富士噴火の呼び水になった可能性はある。
 富士山は毎晩、火山雷(稲妻)を光らせながら噴煙を吐き続けたが、旧12月9日(新1708年1月1日)に噴火が終了した。あとには、匙ですくい取ったような宝永新火口と、その直下の宝永山が残った。
 宝永噴火は、現御殿場市など東麓一帯で家屋の焼失倒壊をもたらし、田畑も降灰により耕作不能状態が長く続いた。 酒匂(さかわ)川流域などで土石流災害も頻発したが、数的な被害状況は記録に残されていない。
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【東大地震研教授・藤井敏嗣氏】
 富士山は平安時代から戦国時代初期の約350年間も噴火活動の記録がない。古文書の記録が少なく、漏れている可能性もあるが、宝永の大噴火から300年も何も起きていないのは富士山としては長いとは言える。
 昭和の半ばまで山頂付近であった噴気活動も今はない。ただし、地下500メートルで熱水の活動は確認されている。噴気通路の変化などで地表まで出てきていないだけかもしれない。噴気のあるないは、噴火につながる要素かどうかは中立だ。
 6年前に一時活発化した低周波地震もおとなしくなったまま。15キロ地下で温度の高いモノが動いていたことによる地震だが、それがマグマだったのか、炭酸ガスや水蒸気だったかは議論がある。
 マグマ本体の動きが連続的に活発化すれば、あれでお終いとはならなかっただろう。マグマはもっと深いところにあるというのが定説だ。
 宝永噴火のときは49日前に大地震があり、噴火の契機となったようだが、すべての地震がそうなるわけではない。マグマが溜まってくれば間違いなく噴くが、実はどのくらい溜まっているか分からないのが現状。
 というのも、科学的な観測が始まって、まだ100年にしかならず、データ不足だからだ。
 かつて富士山は“休火山”とされた。だが、噴火活動の地質学的なスケールから考えると、3000年ぶりに噴火した御嶽山(1979年岐阜県)のケース―その後の研究で、途中にも噴火はあったようだが―もあるので、“休み”という表現は問題があるとして、今は“活火山”に分類される。しかも、活動の経過から考えると、日本の陸上にある85火山の中でもアクティブの度合いは上位といえよう。
 ただし、三宅島や伊豆大島など約20年おきに活動する火山とは異なり、富士山の切迫度は分からない。今の段階では噴火の前兆はないためだ。
 したがって、20年先までに噴火するかどうかも分からない。
 小さな噴火が起こるとすれば、前兆が現れたのを捕まえたかどうかという段階で、すぐ噴火ということもある。大きな噴火なら前兆は明確に分かるだろうが、そこから噴火までの時間はマチマチだろう。長ければ数カ月ということもある。 (火山噴火予知連絡会会長)
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【記録に残る主な噴火】
720 噴火「万葉集」
781 火山灰噴出「続日本紀」
800 延暦の大噴火「日本紀略」
   (東海道足柄路が廃止)
826 小噴火「寒川神社伝」
864 貞観の大噴火「日本三代実録」
   (青木ヶ原の溶岩流)
870 小噴火「富士山記」
937 噴火(溶岩が山中湖堰き止め)
952 噴火(北東斜面)
999 噴火「本朝世紀」(南斜面)
1017 噴火「更級日記」(北側3カ所)
1033 噴火「日本紀略」(南斜面)
1083 噴火「扶桑略記」
1435 噴火「王代記」
1511 噴火「妙法寺記」
1560 噴火「日本災異志」(側火口)
1707 宝永大噴火
 注・「」内は出典。()内は被害や噴火個所(2007.01.24紙面掲載)

投稿日: 2007年02月12日

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