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極度の緊張で止まらなくなる「せき」
当人のつらさが周囲に伝わらないもどかしさというのはあるものだ。これは会社員Mさん(28)が半年ほど前に経験した気の毒な物語―。
ある製薬企業の営業部に勤めるMさんは昨年、新卒入社予定者の前で自分の経験を語る「先輩ガイダンス」に指名された。
Mさんは昔から大勢の前で話すのが大の苦手。何度も固辞したのだが、同期の中では営業成績がよく、「ぜひやってくれ!」と頼まれて、渋々引き受けたのだった。
本社の広い会議室には入社予定の数十人に加えて、上層部のお歴々も並んでいる。そんなところでの30分間のスピーチと10分間の質疑応答。原稿を家で何度も読み直したが、実際にマイクの前に立ったら極度の緊張で頭のてっぺんから汗が噴き出してきた。
震える声で話し始めて十数秒。Mさんは急に咳き込み始めた。何度も話をやめては咳き込み、それでも状況は悪化するばかり。しまいには呼吸が困難になるほどの状態に陥った。
結局「体調不良」を理由にMさんのガイダンスは中止となり、司会役の人事課長が当たり障りのない「新入社員に求められる心構え」のような話をしてその場をしのいだ。しかしMさんは、その人事課長の話の最中も、涙を流しながら咳き込み続けていたという。
「精神的なストレスが咳を引き起こすことは決して珍しくない」と語るのは、医師でジャーナリストの富家孝氏。その背景には「マスト細胞」というリンパ球の一種が暗躍しているという。
「マスト細胞とはぜんそくや花粉症の症状を引き起こすことでも知られる物質で、極度のストレスがかかるとこれが急激に増加する人がいる。すると、ぜんそくや気管支炎でもないのに咳が止まらなくなるのです」
咳という症状は、炎症がなくても咽頭反射の一環として普通に起きる。特にストレスによる咳は、呼吸器系が弱い人が陥りやすい症状だという。
「ストレス性の症状は、その人にとって最も弱い部分に起こるもの。咳という症状が出る人は、自分で気付いていないだけで、呼吸器系に問題を抱えている危険性が高い」と指摘する。
治療法は特になく、ストレスの原因を取り除くことにつきる。そのために抗不安薬などを処方することはあるが、かぜ薬や咳止めを飲んでもあまり効果は期待できないと富家医師はいう。
「2週間様子を見て、症状が治まれば心配は不要。ただ、2週間たってもよくならないようなら、複雑な疾患の可能性もあるので精密検査をしたほうがいいでしょう」
ちなみにMさん、その後は数日で症状は消えていった。しかし、自分の惨めな姿を見られた新入社員の入社が近づくにつれて、再び咳の気配を感じるという。(2007.02.14紙面掲載)

