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新連載小説、桜井鉄太郎「ユメの行方」序章―第1回

<1974 09.19 荻窪 Live House : viva non >

cd20070930_01.jpg 天井から頬に滴り落ちる水滴によって、深い眠りから幾田トキオは目覚めた。
 解放感とは対極にある、重たい痺れが渦巻くような頭痛が昨夜の記憶を呼び戻す。かじかんで感覚を失った指先を揉みしだきながら暗闇の先に目を凝らし非常灯のかすかな光をたよりにトイレまで辿り着くと、鏡に映る充血し虚脱した瞳が自分らしくない凶暴な匂いを発している。

 季節外れの鳥肌が全身を覆う。つけっぱなしのクーラーのせいで心臓の鼓動までいやなリズムを刻んでるようだ。水道栓を思い切りひねり生温かい水で顔をぬぐうと、やっと断片的に昨夜のことが甦って来た。まだ構造がのみ込めてない暗い店内を奥に向かいDJブースのターンテーブルに「CREAM」の『DISRAELI GEARS』を乗せる。

 心地よい爆音が、いまだ経験したことの無い痛みを和らげてくれる。神が調合して絶妙に混ぜ合わせたかのようなこのトリオの音楽がトキオは大好きだった。初めて小遣いを貯めて買った輸入盤のLP。3000円の出費は痛かったが、擦り切れるまで聴いてアドリブの隅々まで暗記してしまったので、とっくに元はとった気分だった。

 アルティックA7からはじけ出る音の洪水に身を委ねながら、昨日この店に入ってからのことを順序立てて反芻してみる。

 もともと洋楽好きでレイ・チャールズをこよなく愛していた母親のおかげで、7歳のころからトキオの家庭にはブルージーな空気が満ちあふれていた。『Mess Around』が鳴り響く茶の間には、当時一世を風靡していたCrazy Catsも同時にブラウン管の中で躍動していた。そういった環境の中で、トキオの頭の中にはいつしか芸能の神様がドッカと居座るようになっていたのだった。

 当然、成長とともに海の向こうの音楽とコメディが、彼をとりまくカルチャーのメインストリームになり、やがて小遣いの大部分がレコード代に消えてしまう洋楽マニアに昇華していくのである。
 そんな時代―60年代中期に突然、日本のティーンエイジャーに超弩級の台風が来襲してくる。THE BEATLESの来日だ。
 なにせ、昨日まで『舟木だ!橋だ!西郷だ!』と浮わついた金切り声を上げていたと思った女の子たちが、いまや脇目もふらず『JOHNだ!PAULだ!RINGOだ!』に急転換したのだから、女の子というものはつくづく当てにならない。
 とにもかくにも『THE BEATLES』というモンスターが日本の芸能音楽の価値概念を一夜にして引っくり返してしまったのである。トキオももちろん心惹かれるものは大いにあったのだが、ちゃらちゃらと女サイドにつくわけにはいかねえ、と意地を張って無関心を装っていた。
 そんなある日、彼の人生を左右する決定的な事件が訪れるのである。

<この項 つづく>
=次回は10月7日掲載予定

BACK GROUND MUSIC: CREAM / DISRAELI GEARS

     ◇

【この連載について】
 1974年、まだJ―POPなどと呼ばれていないころの日本の音楽シーン黎明期。主人公・幾田トキオは音楽業界人としての第一歩を歩み始めた。以来30数年、さまざまな場所・局面で出会った個性あふれるミュージシャンや業界人らとの交流を小説仕立てで綴る“ドキュメントフィクション”。執筆者は音楽ユニット「Cosa Nostra(コーザ・ノストラ)」などを手がけるミュージシャン・音楽プロデューサーの桜井鉄太郎氏。同氏のブログは桜井鉄太郎.jp

投稿日: 2007年09月30日

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