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新連載小説、桜井鉄太郎「ユメの行方」序章―第2回

<1974 09.19 荻窪 Live House : viva non >
yume_no_yukue20071007.jpg トキオは額に浮いた汗をぬぐいながら、慣れた手つきでリズミカルにアナログレコードをチェックしていく。CREAMの次に何をターンテーブルにセットするかで自分の音楽センスが問われるような気がして必死になって曲を選んでると、突然グランドピアノの置いてあるフロアのスポットライトが点滅し、店内に光の帯が走った。

 反り返って顔を背けながら無人のはずの店内に視線をめぐらしたトキオは、カウンターの隅で不機嫌そうにミルクの入ったグラスを弄んでるリオナの姿を捉えた。無言で彼女に近づくと、愛くるしい皺を眉間によせてためらいのこもった眼差しを返してきた。

 突然 何の前触れも無くリオナは小首をかしげながらトキオにキスしてきた。そして、すがりつくような表情をしながら、嗚咽したあとの少女が放心したときのように床にしゃがみ込んでしまった。

 「ねえ、きのう喋ったこと覚えてる?」

 全然記憶がない。いや微かに覚えてなくはない。昨晩、初めて連れてこられたこの店『viva non』は、都内ではちょっとは知られたライブハウスで、100人は収容できる荻窪のここと西荻窪に50人くらいのキャパの店がある。呑み屋としてもたいそう繁盛し始めたらしく、大手代理店を脱サラして『viva non』を経営するようになった社長の龍さんの鼻息は相当なものだ。

 「じゃあお前に音楽の仕事させてやるよ」

 サングラスの奥の充血した鋭い目でトキオのことを値踏みするようにねめつけると無造作にビアグラスにぬるそうなビールを彼のために注いでくれた龍さん。「今夜から働きな。ただし見習いとしてだから月給5000円だ。嫌なら別にいいんだぞ。やりたい奴は腐るほどいるんだからな。そのかわり店の余ったボトルはいくら呑んでもいいし、焼うどんはテメーで作る分にゃ食い放題だ。パラダイスだろう?」

 トキオをこの店に連れて来てくれた長澤ノブロウは我関せずという感じでそっぽを向いて日本酒をおいしそうに呑んでいる。たった3日前に考えもなしに手伝いにいったコンサートで知り合ったこの長澤とトキオは最初から妙にウマがあった。その日出演した長澤のマネージメントするPOPグループ『sweet money』に一発で魅せられたトキオは、今まで軽んじていた日本のロックのセンスといったものを見直さざるをえなかった。

 荒削りながらも、ハモりウネりハジケるポップなsweet moneyの面々たち、とりわけリードボーカルの田城旭春の才能には完璧に脱帽せざるをえなかった。

 強引に頼み込んで打ち上げの居酒屋にまでついていったトキオは、ややとっつきにくいオ-ラを出してる田城よりもマネージャーの長澤に食い込んで質問攻めの嵐だ。とにもかくにも確信犯的に『レコードを作るシゴトがしたい』と思い込んでるトキオにとって千載一遇の大チャンス到来なのである。誰よりもpop music を愛する長澤はまさに神だった。人懐っこい笑顔と豊富な音楽知識、それにマネジャーらしい気配りを備えた彼に付いていく以外に自分の道はない、とトキオが確信するのに大して時間はかからなかった。

 楽器やらレコードやら得体の知れない家財道具でギュウギュウの長澤のホンダシビックの助手席で揺られながら、トキオは喜色満面でこれから起こるであろう出来事を想像していた。この3日間というもの、ほとんど長澤と行動を共にし、ついに今夜最大の機会をゲットできる。見慣れぬ渋滞気味の街道沿いを辛抱強く車を走らせ、やがて目指す「荻窪 viva non」に到着。うらぶれたキャバレー街のど真ん中にその店はひっそりとあった。重たい錆びた鉄の扉を開けると、凄まじい音圧が店内を埋め尽くしている。

 奥まったところにあるステージでは名も無きミュージシャン達が恍惚として憑かれたように時代遅れのハードロックを目線を落として黙々と演奏している。直感的に違和感を感じたトキオは長澤を目で追う。慣れた様子で彼は、痩せて不健康そうな若い店員の耳元で「龍さんを呼んでくれる?」と怒鳴るように頼んでいた。

 店の端のやや引っ込んだ所に関係者席のようなスペースがあり、そこにトキオと長澤は通された。暗がりの奥から姿を見せたこの店の経営者、矢野龍は立志伝中の人物として音楽業界ではこのところ度々話題になることが多いようだった。

 学生時代は伝説的な革命運動の闘士としてならし、一線を退いてからは一流広告代理店に属し、脱サラ後、自力で Live House『viva non』を立ち上げ、今や日本の音楽シーンに一石を投じる存在になっている。強面で気難しいという評判だったが、サングラスの奥の目は、眼光は鋭いものの意外なほど優しく、曇りの無いものだった。言葉使いは乱暴だが、龍さんを慕って集まってくる優秀な音楽関係者は多いらしく、そんなところにもこの店の隆盛の因があるに違いない。

 トキオは長澤に龍さんを紹介されても、ためらいがちにあいさつを返しただけで言葉が続かない。

 やや気まずい空気が流れつつあったその時、突然、小柄で華奢でベリーショートの女の子が唐突に部屋に入って来た。物怖じせずに龍さんのポケットからショートホープを抜き取り火をつけると、音も無くトキオの横に滑り込み、そして腕まくりした長袖のTシャツから伸びた細い腕を器用に操りながら目の前のウィスキーボトルをたぐり寄せ耳元で囁いてくる。「初めまして。あたしはリオナ。あなたが気にいったわ。よろしくね!」

 リオナはあっけにとられた男たちの視線に気づかぬふりをしながら、はしゃいだ様子でウイスキーをラッパ飲みしはじめる。まるで映画の1シーンを見てるような光景にショックを受けながらもトキオの視線はリオナの髪から細いうなじにかけて視線をはしらせていた。上目遣いで見つめてきた彼女に戸惑いながらも意を決したトキオは龍さんに本題をぶつけることにした。「どうしてもレコードを作る仕事がしたいんです。」

 そしてあまりにもあっけなくこの店で働くことになり、それも今夜からということで、<月給5000円―ボトル呑み放題―やきうどん食い放題>という労働条件のもと、仕事のレクチャーも適当に済ませて大歓迎会が始まってしまった。あとから聞いた話だと、viva nonのブッキングやらPAをいままで担当してた長澤が、「sweet money」のマネージメントに専念するために後釜を探していて、たまたま知り合ったトキオを人身御供として龍さんに差し出した、というのが真相らしい。あっさり就職が決まってしまったのはそんな裏事情のせいなのだが、何はともあれ、これでトキオの音楽人生がスタートしたことには変わりない。

 次から次へと個性的な店員やら常連やらミュ-ジシャンを紹介され、すぐに名前が覚えられるでも無く、乾杯の連続でいつしか薄れゆく意識の中で、トキオがはっきりと覚えているのはリオナがいつもぴったりと自分に寄り添っていてくれていたことだった。そして朝を迎え……。

 「ねえほんとにきのう喋ったこと覚えてないの?」

 リオナの問いかけに、トキオはようやく記憶の糸をたぐり寄せながら答え始めた。 「俺が音楽にホントの意味で目覚めたのは……」

 「だからそれは何度も聞いたって。何回もあなたかけてたじゃない、あたしがもういいって言ってるのに…」

 彼女は何故か照れたような表情で言いながら、擦り切れてボロボロになった7インチのアナログレコードをトキオの鼻先に突きつけた。リオナの口許から微笑が消えた。

 2人は見つめあいそしてすぐに視線をそらした。

 お互いの吐息がすぐそこで交錯している。一瞬のためらいのあとトキオはターンテーブルにもう一度その古いレコードをセットし直した。「ブラックサンドビーチ」が時を越えて彼の想いを掻き立てる。

 『ビートルズ旋風』が日本全土に吹き荒れているまさにそのときに訪れたトキオの人生を左右した決定的な事件とは、この曲が挿入曲として登場した映画『エレキの若大将』との出会いだったのだ。たまたま友人と見に行った映画『怪獣大戦争』の併映作としてこの史上最高の音楽シネマ(?)と偶然遭遇したのだった。

 このワクワク感、バンドやろうぜ衝動とでも言うべき魅力は、あのジョン・ランディス監督にも影響を与え『ブルースブラザース』を結果として生み出させた、という逸話もあるほどなのだ。

 まさしくトキオの音楽の原体験がここにぎっしり詰まっているのである。

 男と女の初めての出会いの光景にはまるで不似合いな音楽が何度もリピートされるなか、リオナはここで突然 意外な行動に出るのだった。

<この項 つづく>


BACK GROUND MUSIC : CD 「black sand beach / 加山雄三のすべて」
DVD 「エレキの若大将」

     ◇

【この連載について】
 1974年、まだJ―POPなどと呼ばれていないころの日本の音楽シーン黎明期。主人公・幾田トキオは音楽業界人としての第一歩を歩み始めた。以来30数年、さまざまな場所・局面で出会った個性あふれるミュージシャンや業界人らとの交流を小説仕立てで綴る“ドキュメントフィクション”。執筆者は音楽ユニット「Cosa Nostra(コーザ・ノストラ)」などを手がけるミュージシャン・音楽プロデューサーの桜井鉄太郎氏。同氏のブログは桜井鉄太郎.jp

【登場人物】
幾田トキオ(20歳):見習い音楽スタッフ、早大生
リオナ(19歳):viva non の常連、作詞家の卵
長澤ノブロウ(24歳):「sweet money」のマネジャー
田城旭春(21歳):『sweetmoney」の天才リードボーカル
矢野龍(30歳):『viva non』のやり手経営者

投稿日: 2007年10月07日

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