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桜井鉄太郎「ユメの行方」序章―第4回

<1974 09. 19 井の頭公園>
yume20071021.jpg 何も考えず見知らぬ街をひたすら歩いた。3時間は無我夢中で行き当たりばったり歩を進めていたら鮮やかな藍色で書かれた看板が目に入った。 『井の頭公園』。トキオは立ち止まった。汗でTシャツが背中にまとわりつく。9月のよく晴れた陽の光が睨み返してくる。

 ふと目についた自動販売機でコーラを買うと公園の中に入ってみる。手近のベンチに座り手の甲で額の汗を拭うとひと息でコーラを飲み干した。おもむろに横たわると真昼の光を避けるようにトキオは瞳を細めた。昨夜の出来事をもう一度振り返ってみる。

 初めて連れて行かれたライブハウスで、なんだか奇妙な人種に遭遇し、考える暇もなくこの店のブッキングとPAをまかされることになり、勝手に安給料を承諾させられ、順々に社長の龍さんから従業員を紹介され、あっという間に歓迎会の様相を呈し、週に5回は来るという常連のリオナと知り合い、ビールやらなんだか分からないウイスキーやらカクテルやら呑まされたあげく、酩酊状態に近いにも関わらず、龍さんから翌日からの仕事の手順をレクチャーされた。初めて聞くチンプンカンプンな音楽用語を知ったかぶりしてトキオはなんとかその場を凌いだのが。

 「とにかく明日は昼間っから、さっき渡したリストに電話かけまくって10月後半から11月いっぱいのスケジュールをブッキングしろよ。いくらかっこよくっても客の入らないバンドは駄目だぞ。それから夕方には viva non に入ってライブの準備だ。店の人間には頼るなよ。みんな仕込みで忙しいからな。明日のライブは Do The Raiders の初お目見えだ。気合い入れていくぞ! トキオ、お前、PAもやれよ」

 早口でまくしたてる龍さんに口を挟む間もなかった。助け舟を求めようと長澤の方を見るがいささか酔っぱらってるらしく心もとない。「だいたいPAって何するんだ?」。不安が渦巻くが、ここはポーカーフェースで通すしかないと踏んで「まかしといてください」などとトキオは安請け合いしてしまった。

 えーい、ままよ、とグラスを重ねてるうちに妙に気が大きくなってくる。気がつくと常連のリオナが手招きしていた。カウンターのいちばん右隅の止まり木に腰をおろしている、瞳の奥で笑ったままのリオナに誘導されて、トキオはグラスを目の高さまで差し上げたままの姿勢で彼女の隣に座った。

 店内にはさっきからずっとエンドレスで「KINKS」の『マスウェルヒルビリーズ』が流れている。

 「あんた、バイトの聡太と話した?」

 「聡太ってさっきまでカウンターに入ってた無精髭の?」

 それには答えずリオナは顎でボックス席を照らす明かりの下あたりを指し示した。そこにはよれよれのTシャツを着て不機嫌そうに口をとがらせた眼光鋭いやせっぽちの若林聡太がテーブルに足を投げ出していた。なんでも龍さんの遊び仲間らしく、この店では治外法権、なにをやっても許される存在らしい。別にバイトなどやらなくても生活に支障はない名家育ちの音大作曲科の学生なのだが、現代音楽とアナーキーなインプロビゼーションにしか興味がないらしく、ポップスやロックは眼中にないという。

 長髪と無精髭の奥に伺える瞳は聡明な光を宿しているが、酒が入るといささかやんちゃな面もあるらしい。ただ彼には自信をもって自分のなすべきことを行っている人間だけがもつ強さといったものが備わっている気がした。

 トキオは先ほど短い挨拶程度しかしていないが、聡太という人間にはおおいに好奇心を感じていた。悪戯っぽい笑みを浮かべながら聡太はトキオを呼び寄せる。「一杯やろうぜ」。聡太はテーブルの上のジンのボトルを無造作に引き寄せ、ロックグラスにストレートで注ぎ、それをトキオのほうに寄越した。

 目を細めながらハードボイルドを気取って一気にあおったトキオだったが、はじめて呑むジンという魔物に逆に呑まれてあっというまに目の前に火花が散ってソファに崩れ落ちた。聡太はそれを見るとフンッという感じで踵を返し、もはやこんな男には何にも興味がないといったふうに店の奥に消えていった。

 いままで呑んだ酒の蓄積で急激に意識が混濁して来る。トキオはリオナの姿を追ったが視線の中には入ってこない。店のチーフ「ヨッチ」こと四角純と「ナイス」こと白井尚志が心配そうに水の入ったグラスをトキオに持って来てくれる。冷たい水を一気に呑み干し酔いで据わった目をやっとの思いで見開き2人に黙礼すると、それまで保っていた緊張の糸がプッツリと切れトキオは深い眠りの底へと堕ちていった。


 トキオは公園のベンチから勢いよく立ち上がった。いつのまにか寝入ってしまっていたようだ。「ヤバい、もう夕方だ。ライブが始まっちまう!」。これから起こる一大事など予想するすべもなくトキオはviva nonに向かった。

<この項つづく>

BACK GROUND MUSIC:KINKS/マスウェルヒルビリーズ

【登場人物】
幾田トキオ(20歳):viva nonの企画担当、見習い
リオナ(19歳):viva nonの常連、そうとうなお嬢
若林聡太(22歳):音大生、viva nonのバイト
矢野龍(30歳):viva non のオーナー
四角純(21歳):viva nonの店長
ナイス白井(19歳):viva nonの店員
長澤ノブロウ(24歳):トキオの師匠、「sweetmoney」のマネジャー

     ◇

【この連載について】
 1974年、まだJ―POPなどと呼ばれていないころの日本の音楽シーン黎明期。主人公・幾田トキオは音楽業界人としての第一歩を歩み始めた。以来30数年、さまざまな場所・局面で出会った個性あふれるミュージシャンや業界人らとの交流を小説仕立てで綴る“ドキュメントフィクション”。執筆者は音楽ユニット「Cosa Nostra(コーザ・ノストラ)」などを手がけるミュージシャン・音楽プロデューサーの桜井鉄太郎氏。同氏のブログは桜井鉄太郎.jp

投稿日: 2007年10月21日

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