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桜井鉄太郎「ユメの行方」序章―第5回

<1974.09.19 荻窪 Live House:viva non 『ダムエンジェルス』LIVE>

yume20071028.jpg 荻窪に着いたときは、もうすっかり日が暮れていた。viva nonの重い鉄の扉をこじ開け店内に入ると、ミュージシャンたちや店の人間が忙しそうにせわしなく動いていた。
 「おはよーっす!」
 わざとらしく快活に挨拶するトキオを、誰もが眼中にないといった感じで黙殺する。時計を見るともう5時だ。

 奥から長身の店長ヨッチこと四角があらわれ根元まで喫ったタバコを流しに押しつけて消すと、強烈な拳をトキオに喰らわしてきた。少しばかりのボクシング経験があったおかげで最小限のダメージですんだものの、遅刻して来た罪悪感による後悔とパンチの痛ましさに唇を咬みながら、トキオはもの言わぬ四角の背をなすすべもなく見送るしかなかった。

 あわてて飛んで来たバイトのナイス白井が心配そうにトキオの顔を覗きこむと「気にすんなよ。とにかく急いでセッティング始めなきゃね」と冷たいタオルを差し出してくれた。

 「悪いね。で俺は何をしたらいいの?」

 「まずはマイクのセッティングだな。そしてミキサーにつないでサウンドチェックだ。」

 ちんぷんかんぷんだった。ナイスの気さくな人柄に甘えてトキオは「ほとんど何にもわかんないんだ。どうしよう?」と打ち明けた。一瞬びっくりしたあとナイスは苦笑しながら声を潜めて「正直いうと俺もよくわかんないんだ。いつも長澤さんに頼りっきりだったからね。でも君は鳴り物入りでこの店の企画マンとして入って来たんだから、なんとかカッコだけでもつけないとヤバいかもよ。とにかく龍さんが来る6時までにはどうにかしちまおう!」

 客入れは6時半だ。そのまえにリハーサルを終えなくてはいけない。

 胸の鼓動が止まらない。胃のあたりも微かに痛みだして来た。脂汗も滲んできた。

 ふと自分の肩に手を置かれてるのに気づいたトキオは眼だけあげた。見覚えのあるやさしい笑顔がそこにはあった。

 「マモルちゃん?」

 今日のライブの主役『ダムエンジェルス』のキーボード奏者・矢田守はトキオの母の親友の息子で、小さいころから2人は顔見知り以上の仲だった。

 「久々だね。ここで働いてんの?」。柔らかな口調は子供のころから変わらない。

 「詳しい事情は後で話すけどさ、知ったかぶりしてこの店に潜り込んだはいいけど、どうやって音を出したらいいんだか…」

 「大丈夫、大丈夫。どうせ楽器の生音はバンド側でコントロールするから、マイクだけつないで適当にバランスとればいいから。不安げな顔しちゃ駄目だぞ。堂々としてりゃいいんだ。あとはまかせといて」

 天の助けだ。4歳お兄ちゃんの守がテキパキと指示してくれたおかげで、トキオは付け焼き刃ながらもプロっぽいポーズをとりながらなんとかセッティングをこなすことができた。

 午後6時ちょうど、無事に『ダムエンジェルス』のリハーサルが始まる。なんという迫力、音圧感。初めて目の当たりにするプロミュージシャンの存在感。ただただ圧倒されながらもたった8チャンネルのミキサーをまるでロボットの操縦桿のように操りながら、トキオはいつしか夢にまで見ためくるめく音空間に包み込まれていくのであった。

 短いリハがあっというまに終わる。ふと気がつくとトキオの真後ろに龍さんが立っている。「おまえ、ちゃんとこなしてるじゃねえか。初日にしてはまずまずだな」。龍さんのサングラスの奥の微笑みが、トキオの緊張を解いたばかりの上気した心を軽くしてくれた。

 「ところで成一っちゃんには挨拶したんだろうな?」

 龍さんに言われあわてて聞き返した。「成一っちゃんって誰ですか?」
 避ける間もなく後頭部をパチンと叩かれ『ダムエンジェルスのリーダーの森尾成一だよ。そんなことも判んないのか。あのクッキープラムを解散して、満を持して結成したダムエンジェルスの初お目見えライブに、わがviva nonを選んでくれたんだ。心して掛かれよ!」

 そう言い放つと龍さんは店の奥に消えていった。

 クッキープラムならトキオでも知っていた。去年惜しまれつつ解散したブランニューデイズとともに、日本の新しいロックのカタチを探求して来たバンドだ。

 客入れ前の楽屋におずおずと入ったトキオは、守に成一を紹介してもらい、幸運にもすぐ打ち解けることができた。そして客入れ。あっという間に店内は埋まっていく。自分がこれからどうふるまうべきか考える間もなく、さっきまで殺風景だった店内がきらびやかな熱気に包まれ始める。

 心地よい緊張感の中、トキオはミキサーをスタンバイしてステージを見守る。何のMCもなく突然メンバー6人のアカペラコーラスからライブはスタートした。とにかくマイクがハウリングを起こさないようトキオはミキサーフェイダーを操る。掌は汗で湿っている。4―5曲目を過ぎたあたりから大分ゆとりの出てきたトキオは、スリリングでいて和やかであたたかいダムエンジェルスの演奏に合わせて、周囲から浮き上がるのもかまわず踊りながらミキサー操作していた。

 ふとステージを見ると守がこちらを見て指でOKサインを作っている。素晴らしいコンサートだった。リーダーの成一は、アンコールのラストナンバーが終わってもなかなか席を立とうとしない客達を、目をしばだたせながら見つめている。

 さあここからがトキオの出番だ。満員の客をかきわけステージのセンターマイクの前に立つとひとしきり次回のライブスケジュールやら店のインフォメーションやらをMCとして伝える。これもトキオの役目なのである。ほとんどの客に黙殺され、なかにはライブの余韻を味わってるんだからうるさいよ、などといわれながら、なんだかスタンダップコメディアンになったようで、テレ臭いながらも心地よい。

 自分のルーティンワークをなんとか無事に勤め上げ機材の片づけをしていると、店長のヨッチがぶっきらぼうに缶ビールを手渡してくれた。

 「さっきは悪かったな。いいライブだったよ。もう遅刻すんなよ」

 トキオはなんだかこの店の一員になれそうな気がしてきた。いつのまにか客出しの音楽『CURTIS MAYFIELD』の「When Seasons Change」がおごそかに流れていた。不覚にも涙がトキオの頬をつたい落ちる。

 この店viva nonのシステムはライブが終了しても、そのまま客はお店に残れて、出演ミュージシャンたちとコミュニケーションできるというのがウリだった。朝5時までの営業なので、呑み屋としてもなかなかの売り上げをあげている。社長の龍さんも今夜はいつになくご機嫌で、グラスをあけるピッチも早い。ステージのすぐそばの一角で始まったささやかな打ち上げは熱心なファンも交えて盛り上がりを見せている。プロのミュージシャンとのなにげない会話やちょっとしたおふざけは、これでやっと音楽の世界に仲間入りできたかという実感をもたらす。トキオの心は躍った。といきなり目から火花が散った。

 いつのまにか音もなく傍に来ていたリオナから強烈なビンタをもらったのだ。突然のことにびっくりしたダムエンジェルスのメンバーは顔を見合わせリオナを盗み見た。一言も発せずもの凄い力でトキオの腕を取ると店の外に連れ出す。その瞳には強固な意志が見えた。

 「何にも知らないくせに、判ったようなこと言わないでよ」。トキオはリオナの視線をとらえ顔を近づけた。「なに怒ってんだよ」「あんた、聡太に私とのことしゃべったでしょ」。そう言い放ち、そしてリオナは大きく息を吸い込んだかと思うとみるみるうちに、その大きな瞳が潤みはじめダダッコのように泣きじゃくるのだった。

<この項つづく>

BACK GROUND MUSIC : CURTIS MAYFIELD / There's no place like AMERICA TODAY

【登場人物】
幾田トキオ(20歳):viva nonの企画担当、見習い
リオナ(19歳):viva nonの常連、お嬢さま
森尾成一(23歳):ダムエンジェルスのリーダー
矢田守(24歳):ダムエンジェルスのキーボード奏者
四角純(21歳):viva nonの店長
ナイス白井(19歳):viva nonの店員
矢野龍(30歳):viva nonのオーナー

     ◇

【この連載について】
 1974年、まだJ―POPなどと呼ばれていないころの日本の音楽シーン黎明期。主人公・幾田トキオは音楽業界人としての第一歩を歩み始めた。以来30数年、さまざまな場所・局面で出会った個性あふれるミュージシャンや業界人らとの交流を小説仕立てで綴る“ドキュメントフィクション”。執筆者は音楽ユニット「Cosa Nostra(コーザ・ノストラ)」などを手がけるミュージシャン・音楽プロデューサーの桜井鉄太郎氏。同氏のブログは桜井鉄太郎.jp

[お知らせ]
桜井鉄太郎率いるCOSA NOSTRAが、デビュー15周年記念アルバム『LIFE』(9/5発売)のリリースパーティを11月10日(土)に代官山パイルカフェで行います。ぜひ、ご来場くださいませ。

日時:11月10日19時30分開場、20時スタート、23時終了
開場:パイルカフェ代官山(東京都渋谷区鶯谷町 1-3、 tel :03-3461-3463)
出演:COSA NOSTRA、metro trip、<司会>サエキけんぞう
CHARGE :FREE(drink&food:cash on)

投稿日: 2007年10月28日

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