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桜井鉄太郎「ユメの行方」第1章―第12回

<1975.12.24 下北沢viva non~六本木ラビアンレコード>
yume20071216.jpg クリスマスイブだというのにトキオは憂鬱な面持ちで店のカウンターに肘をついてぼんやりとハイライトをふかしていた。嵐のように過ぎ去った6日間―下北沢viva nonのオープニングセレモニーは大成功のうちに幕を降ろした。
 キャパシティ100人そこそこの店に6日で1000人余りもの客がつめかけたのだから、それをさばくスタッフの働きっぷりは尋常ではなかった。まさに日本の音楽シーンに新しい1ページをしるしたといっても大げさでないライブの連続であった。


 あらゆるジャンルのミュージシャンが腕を競い合い、交わり、深夜にまで及ぶセッションを繰り広げた一大祭典も終わり、新しい下北viva nonはやっと日常を取り戻し始めていた。
 ジョーカーのいれる珈琲の香しいかおりが鼻をくすぐり「JAMES TAYLOR」のファンキーでやさしい包み込むような声が疲れ切ったトキオのアタマとココロを和ませてくれる。
 この店の昼下がりには彼の『ONEMAN DOG』がベストマッチだということはトキオも含めたスタッフ全員の共通認識であった。
 忙しさにかまけてトキオはこのところ曜子とのコミュニケーションがうまくいってない。下北沢に移ってきてしまったのもひとつの原因なんだろうが、あれほどの思いで結ばれた2人なのに、最近ある事件がきっかけで気まずい関係になってしまっていた。
 曜子の浜田山のアパートにはもととも電話がついてない。田舎からちょくちょく上京してくるお父さんとトキオが鉢合わせしないようにと、OKの日だけアパートの階段の手すりのところに黄色いリボンを巻いておく約束になっていた。
 なんだか高倉健になったようで面映かったが曜子の可愛い心遣いは嬉しかった。例のトキオの誕生日の夜以来、もう何度も曜子の部屋を訪れているが、そのつど黄色いリボンはちゃんと巻き付けてあり、その夜も駅から20分近くの距離もなんのその、うきうきでアパートの階段を上ろうとすると、あるはずのリボンが今日に限ってないではないか。
 腕時計を見るともう0時を回っている。彼女が帰ってないわけはない。多分うっかりしてリボンを忘れたんだろうとタカをくくって部屋の前に立つと、中はしっかり灯りが点いている。気負い立ってどんどんとトキオが扉を叩いていると、中から不安そうな声で曜子が答える。
 「誰?」
 「誰って俺に決まってるだろ?」
 「だってリボンなかったでしょ?」
 2人の会話は噛み合ない。業を煮やしたトキオは強引に半開きになったドアを力任せに引っ張った。すると部屋の奥には見知らぬ半裸の若い男がいるではないか。
 「どう見たってお父さんじゃねえな!」
 と叫ぶや否やその男に突っかかっていった。
 「やめて、違うのよ!」と曜子は泣き叫び2人を引き離そうとするが、意外にも無抵抗で「すんません、すんません」とあやまるばかりの男の様子に、すっかり頭に血が上ってエキサイトしていたトキオも、拍子抜けしてしまって少しずつ冷静さをとり戻し始めた。
 曜子を問いつめると、何でも彼は田舎にいた時の彼氏で東京に出て来る際に別れた筈だったのだが、久しぶりに突然訪ねてきて、つい中に入れてしまったのだという。トキオの存在は説明していて、もうあなたとはよりが戻ることは絶対にないから、と話していたところだったと言う。
 「じゃあなんでこいつ上半身裸なんだよ?」と突っ込むと、曜子も彼もしどろもどろになる。ブチ切れてトキオは「もういいよ。この男とうまくやんな」と捨て台詞を残すと、アパートの階段を一気に駆け抜け、後ろも振り返らず走り出したのだった。
 すると男と曜子も何故か全速力でトキオを追っかけてくる。息を切らせながら浜田山の駅にたどり着いたところで2人に追いつかれた。意外な展開にたじろぎながら、「何だよ、お前ら。しつこいな!」と語気を荒げて突き放したが、曜子はめげずに両手でトキオを押すようにして駅前の居酒屋に入れた。
 例の男も無言で続く。テーブルにつきテキパキと注文し始める曜子を呆然と眺めながら、ただなんとなくその場かぎりの引き延ばしのようなあたりさわりのないことをトキオはしゃべり始めた。
 そのうち気まずい空気をごまかしきれなくなって口をつぐんでしまったトキオを諭すように、曜子はこれ以上ないほどの優しい目をして「ごめんなさいね、気を使わせてしまって。でも、ここではっきりさせましょう。あたしのことをホントに好きならここではっきり宣言して。お前は俺の彼女だ、って。あなたにできること、ここでいま全部やって! うんと気を使って!」
 畳み掛けるように言うと曜子は大粒の涙を浮かべながら明らかにワァ-ッと泣き出す口のカタチをし、それから泣きじゃくるような小さな声でとぎれとぎれに「ワカレナイデ…」とつぶやいた。
 トキオは曜子の表情を探るように見つめながら目の前で体を小刻みに震わせているこのか弱い子羊を、思いっきり強く抱きしめたい衝動にかられた。
 すっかり身の置き所のなくなった田舎の彼氏はトキオに深々と頭を下げるとこの場から去っていった。もうトキオからはあの敵意のような苛立ちはすっかり消え去っていた。喋るだけ喋って気が済んだのか、突然目の前の料理をたいらげ始めた曜子は「あたし元気になった!」と一方的に宣言して旺盛な食欲をトキオに見せつけた。
 わだかまりは完全に拭い去ることはできなかったが、なんとなく手打ち式を行ったカタチで2人はヨリを戻したことにしてしまったのである。

 いつのまにか「ワンマンドッグ」はA面ラストにさしかかっていた。物思いに耽っているトキオの意識を覚醒させたのは、あわてふためいて店に入ってきた、ちゃー坊の一言だった。
 「聞いて聞いてよ、トキオくん! 俺らのバンドがレコード会社の目に留まったんだよ。契約しようってさ!」
 口から泡を吹かんばかりにまくしたてるちゃー坊を冷静に制して店長の原が問いただす。
 「ちゃんと落ち着いて話してみな。どこのレコード会社とどういう話を したんだよ」
 すると、ぼろぼろのショルダーバッグからなにやら書類のようなものを取り出してちゃー坊は原に手渡した。書類にざっと目を通した原は「こんなものにハンコなんか押しちゃ駄目だぞ。これはラビアンレコードとの専属録音契約書じゃないか。だいたい気に入ってくれてるシャングリラレコードの荒垣さんにどうやって説明するんだよ!」と言いながらちゃー坊に詰め寄った。
 「そんなこと言ったってラビアンは大メジャーだぜ。オールマンだってライクーダーだってリトルフィートだっているんだぜ。ラビアンの藤本さんは彼らと共演させたっていいって言ってくれてるんだから」
 なおも契約書に目をおとしてていた原が突然クールな彼らしくない叫び声を上げた。
 「バカ野郎、おまえ、ハンコ押しちゃってるじゃねえか。メンバーの同意とってやったのか!」
 肩を落として弱々しく首を振るちゃー坊の頭を張り倒して原はトキオに向き合う。
 「どうするトキ! こいつらのバンドこんな紙っピラ1枚で拘束されちゃうぜ!」
 多少、契約関係の勉強をしていたトキオは書類を一読したあと「まずいな。法的にも生きてるぜ、この紙は」となにげにプロっぽくつぶやいた。
 「とにかくオトナの手を借りよう。善は急げだ。荒垣さんに電話しよう!」
 早速連絡が取れた荒垣と六本木交差点で1時間後に待ち合わせ、トキオと原は今にも泣きべそをかきそうなちゃー坊を連れて店を飛び出した。
 
 六本木といえばアマンドしか知らない3人は、クリスマスムードで沸き立つ交差点のど真ん中で不安げに荒垣を待っていた。5分遅れで現れた荒垣はこれから戦場に赴くのかと思われるほどのいでたちだ。米軍払い下げの迷彩柄の上下に野戦靴で、何故かゴルフバッグのようなものを携えている。
 「お疲れさまです。それはそうと何持ってるんですか?」
 不信げに原が尋ねると、とぼけた様子で「まあ備えあれば憂いなしだ」などと荒垣はポーカーフェイスで答える。
 「その契約書というのを見せてみろ」
 荒垣は一読すると「こんなものクソクラエだ。行くぞ!」とまるで今にも近くの防衛庁に突入するかのごとき勢いで皆を先導した。
 ラビアンレコードの入り口まで来たところで、この寒い時期に上着の下はTシャツ1枚だけの荒垣は口許に幽かな笑みを浮かべて一同に向きなおった。「いいか、お前らは手を出すんじゃねえぞ」。
 完全にやくざ映画の主人公になったかのような荒垣に対して、あまり黙り込んでいては不自然だと思ったトキオは「またまたー、戦争じゃないんだから」と冗談めかして言うと、「バカ野郎、これは戦争だ!」などと物騒な返事をかえしてくる。この先の修羅場を想像して青ざめる3人の若者は、とにかく荒垣に下駄をあずけて任せるしかすべはなかった。
 6階でエレベーターを降り、あらかじめアポを取っていた藤本と対面した一行は大きな応接室に通された。意外にもにこやかで紳士的な対応の藤本に、先ほどの戦闘欲はそがれたのか、荒垣は黙りを決め込んでいた。
 10分ほど待たされた後、あくまでもジェントルマンの藤本と荒垣との会話ははじまったが、しばらくは当たり障りのない業界話に終始し、一向に本題に入ろうとしない。
 まず口火を切ったのは藤本の方だった。荒垣と藤本は初対面ではなく、下北viva nonのサウンドチェックライブのときに顔を合わせていたのだった。「ビージーイージースー」に対する強い思いは2人に共通するものだったが、藤本が一歩早くちゃー坊に接近し、具体的な書面を交わしてしまったわけである。
 「荒垣さんの彼らへの思いはよくわかります。でも僕もあなたに負けないくらいこのバンドに魅せられているんです」
 しばらく眼差しを伏せたまま黙って藤本の話を聞いていた荒垣は意を決したように,淡々とやがて饒舌にときたま息を深く吸い込みながら語り出した。
 いかにこのバンドを愛しているか、自分の持っているロック感を彼らに重ね合わせながら、まるで恋人に対する熱い想いを吐露するかのように、ビージーイージースーを讃え続けた。ちゃー坊は目に涙をいっぱい溜めながら聞いている。トキオも原も、そして藤本もその情熱に素直に感動せざるを得なかった。
 「よくわかりました。あなたに敬意を表してこの契約書は白紙にしましょう。でも僕はあきらめたわけではありませんよ。正々堂々と競い合いましょう」
 2人はがっちりと握手を交わした。ちゃー坊は涙で顔をくちゃくちゃにしている。
 ラビアンレコードを出たとたん、ホッとすると同時になんだかおかしくてたまらなくなり、師走の六本木の雑踏の中を肩を組み練り歩きながら、道ゆく人が何事かと振り返るほどの笑い声をたてて、トキオも原もちゃー坊もそして荒垣も音楽をやるということの幸せを噛みしめていた。
<この項 つづく>

BACK GROUND MUSIC:ワン・マン・ドッグ/ JAMES TAYLOR

[登場人物]
幾田トキオ(22歳):viva nonの企画&ブッキング担当
沼田曜子(20歳):viva nonのマドンナ、トキオの恋人
二宮太郎(20歳):曜子の田舎の元カレ
ジョーカー(21歳):下北viva nonの店員
原敬二(22歳):下北viva nonの店長
大沢ちゃー坊(20歳):ビージーイージースーのギタリスト、下北viva nonの店員
荒垣渡(28歳):シャングリラレコードのディレクター
藤本洋一(30歳):ラビアンレコードのディレクター

投稿日: 2007年12月16日

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