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“体温”が通っていなかった「チーム・オシム」

■久保武司編集委員「KUBOログ」
 サッカー日本代表イビチャ・オシム監督が11月16日に急性脳 梗塞(こうそく)で倒れて2週間以上たった。

 奇しくもこの日は日本がW杯初出場を決めたジョホールバルから10年目。またそのバトンはこの時に指揮していた岡田武史氏に引き渡される。

 今はオシム監督の1日も早い回復を祈りたい。

 「オシム、倒れる」という一報から病院に搬送されるまで1時間近くかかったことでいろんな意見が出た。オシム監督は来日して5年目。前任者のジーコや02年W杯で指揮をとったトルシエ監督は「単身赴任」だった。しかしオシム監督は40歳になる長男の千葉・アマル監督一家と同居。もちろんアシマ夫人も一緒に住んでいた。

 しかし誰も119番に通報できなかった。通常なら異国に5年も住めば緊急時のセキュリティーはわかっていていいはずだ。事実、ジーコ監督も2度ほど日本代表監督時に倒れている。こちらは単なる腹痛だったため、救急車の搬送こそなかったが、日本協会が手配した自宅にはボタンを押せば救急体制になるセキュリティーシステムが完備していた。

 今のオシム一家は住む千葉県内の自宅は協会ではなく所属していたジェフ千葉が手配したもの。日本協会は就任時に自宅について「こちら手配したい」と打診したが、「いいよ。かみさん(アシマ夫人)が気に入っているから」と断っている。そんな悲劇も今回重なった。

 けれどもオシムが倒れたときにコーチ陣を筆頭にした「日本代表のオシムチルドレン」たちに誰も連絡がつかなかったことは悲劇というより がくぜんとした。昨年7月に就任してからオシム監督を「サッカーの神様」かのようにあがめ奉り、崇拝していたコーチ陣たちにはオシム一家から、連絡さえなかった。

 ジーコ監督が腹痛で倒れたときには通訳を筆頭にスタッフ内にあった『緊急連絡網』が完璧に機能。実家に帰省していたあるスタッフもすぐさまジーコ監督が緊急入院した病院に駆けつけた。「ごめんなさいね。この人(ジーコ)がオーバーだから」とサンドラ夫人のジョークにつめかけたスタッフと笑い話になった。

 確かに日本代表は生まれ変わった。それはオシム監督の功績であることは間違いない。けれども「チーム・オシム」には残念ながら『体温』が通っていなかったことが今回の一番の悲劇だろう。

 岡田監督が来月3日に誕生する。来週中には所信表明となる記者会見も行われる。10年ぶりに日本代表を指揮する岡田監督は「静かに暮らしたいと思ったけれど、無理だった。(代表監督は)頑張っても、負ければ犯罪者になる仕事。思い通りにならないことばかりだけど、たまに思い通りなるところが日常生活では味わえない」とかつて代表監督についてこんな話をしていた。もちろん結果はのぞみたい。しかしチーム・オシムの悲劇を二度と起こさないように血の通った「岡田丸」を作ってほしいと心からのぞんでいる。

投稿日: 2007年12月04日

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