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瀬名秀明「イヴのみる夢」(12)-「し忘れ」と「し間違い」の脳科学
取引先に連絡を入れるのをつい忘れて、契約を逃してしまったEさん。近ごろ物忘れが多くなってきたようだ。単なる疲れなのか、それとも認知症の前触れなのか? 不安に駆られてEさんは医院を訪れ、脳の前頭葉に小さなチップを埋め込んでもらった。
慶應義塾大学の梅田聡准教授は、「ど忘れ」の他に「し忘れ」と「し間違い」の2種類があると指摘する。
「妻に頼まれていた買い物を(うっかり)忘れてしまった」というミスは、これからやろうとしている未来の行為の記憶を忘れることであり、つまりは「し忘れ」である。(うっかり)を(すっかり)という言葉に代えてもおおむね意味が通じるのが特徴だ。
しかし「歯を磨いたのに(うっかり)もう一度みがこうとしてしまった」というときの(うっかり)は(すっかり)と入れ替えできない。やろうと思っていた行為を間違えてやってしまった「し間違い」である。この両者は同じ「あっ、忘れてた」でもタイプが異なる。大事故に直結しやすいのは「し間違い」だ。
そして病気の疑いが持たれるのが、やろうとしていた意図そのものを忘れてしまうタイプの「し忘れ」だ。人間の無意識の気づきを司っている脳の前頭葉が関係しているのではと梅田准教授は考えており、今後の研究成果が期待される。
「し忘れ」を防ぐいちばんの方法は、タイミングよく思い出せるきっかけを身の回りにそろえておくことだ。規則正しい生活習慣を心がけ、メモを活用する。しかし脳科学が将来もっと進めば、「し忘れ」と「し間違い」の脳活動がわかってくるかもしれない。コンピューターが手帳に書いた内容を認識して、適切に脳へと働きかけてくれる、そんな夢の技術は健忘症や認知症の治療にも役立つはずだ。
さてEさんは本当にチップを埋め込まれたのだろうか? し忘れが減って喜んだEさんは1年後に医院を再訪する。主治医は笑っていった。「脳はいたって健康ですよ。このおもちゃのチップは、ちょっとしたおまじないなんです」
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せな・ひであき
小説家。1968年静岡県生まれ。96年東北大学大学院薬学研究科(博士課程)修了。95年、大学院在籍中に執筆した「パラサイト・イヴ」が日本ホラー小説大賞受賞、155万部のベストセラーに。主な著書は「デカルトの密室」 「ハル」など。
(2007.11.30紙面掲載)
■瀬名秀明「イヴのみる夢」
(11)体外離脱でメンタルヘルスケア
(10)仮想空間で運動障害をリハビリ
(9)「アルツハイマー病予防で残りの人生謳歌」
(8)「ロボットと運動する楽しさ」
(7)「ペットが分身に?」
(6)「オヤジ臭さ」撃退!
(5)「人間の脳と機械の体を"融合"」
(4)「自分の脂肪でケータイ充電」
(3)「自分の一部を機械が操作」
(2)「ゲノム情報を読み取る」
(1)「ミトコンドリア占い」

