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瀬名秀明「イヴのみる夢」(15)-標識付きウイルスで伝播追跡
ベトナムに近い中国南部の雲南省では、毎年1月ころシベリアから渡ってきた数多くの野生ガモの姿が見られる。鳥たちは広い湖で羽根を休め、地元農家が飼うカモと泳ぎ、水を飲み、フンをする。そのフンの中にひそむインフルエンザウイルスが地元のカモやニワトリ、ブタに感染し、新種のウイルスが生まれる可能性がある。
インフルエンザウイルスは20世紀中にも4回の大流行を起こし、特に1918年に猛威を振るった「スペイン風邪」は全世界で2400万人の命を奪い、日本でも当時38万人が亡くなった。もともとカモ類の腸内に生息するインフルエンザウイルスは、他の家禽類と感染し合うことでそのDNAが変化し、ときにヒトを脅かすものとなる。もし人類が完全に自然界と断絶していたら、人は新たなウイルスに感染しないだろう。感染はいつでも人間社会が自然界と出会う場所で起こる。
しかしそこから一気に全世界へ感染が拡大するのは、19世紀以降に人類が交通網を発展させたからだ。もしいま成田空港で誰かが咳をして新型ウイルスを散らせば、半日後に世界中へウイルスが広まる。しかし彼らが発症するのはハブ空港の中ではない、さらに電車で移動し、地方のホテルに到着してからのことだ。つまり新型ウイルスを食い止める最初の防波堤は、いま地方都市の行政である。
新型ウイルスがどのように生まれ、どのように伝播するか、まだわからないことも多い。未来の科学者は雲南省の湖に人工的なウイルスを放ち、そのDNAに画期的な標識をつけて、どのようにウイルス遺伝子が世界に広まってゆくかを調べようとするかもしれない。人間社会だけでなく自然界の生物も含めた感染ルートを炙り出せば、全世界的な感染対策づくりにも大いに役立つだろう。
DNAは生命から生命へと旅をする。インフルエンザウイルスの流行は、私たちが自然界の一員であると同時に社会の一員であることの証なのだ。
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せな・ひであき
小説家。1968年静岡県生まれ。96年東北大学大学院薬学研究科(博士課程)修了。95年、大学院在籍中に執筆した「パラサイト・イヴ」が日本ホラー小説大賞受賞、155万部のベストセラーに。主な著書は「デカルトの密室」 「ハル」など。
■瀬名秀明「イヴのみる夢」
(14)父親から受け継ぐ「寿命の回数券」
(13)人類のⅠ型糖尿病も同じ!?
(12)「し忘れ」と「し間違い」の脳科学
(11)体外離脱でメンタルヘルスケア
(10)仮想空間で運動障害をリハビリ
(9)「アルツハイマー病予防で残りの人生謳歌」
(8)「ロボットと運動する楽しさ」
(7)「ペットが分身に?」
(6)「オヤジ臭さ」撃退!
(5)「人間の脳と機械の体を"融合"」
(4)「自分の脂肪でケータイ充電」
(3)「自分の一部を機械が操作」
(2)「ゲノム情報を読み取る」
(1)「ミトコンドリア占い」



