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瀬名秀明「イヴのみる夢」(16)-「ゆらぎ」を活用する生命

イヴのみる夢 コオロギのようにかすかな気流の動きを感じ取るセンサー、心地のよい補助人工心臓、人の動きに応じて自動的に空調を制御してくれるネットワークシステム……。このような未来の技術をたったひとつの方程式から創出しようとするプロジェクトが大阪大学で進んでいる。キーワードは「ゆらぎ」だ。

 私たち生き物は、機械に比べて格段に省エネである。たとえば人の脳はIBMのスーパーコンピューター「ディープ・ブルー」のわずか5万分の1しかエネルギーを消費しない。なぜ生き物は効率がよいのだろうか。柳田敏雄教授は筋肉の分子モーターのしくみを詳しく調べ、生体が一種のノイズであるブラウン運動、すなわち「熱ゆらぎ」を巧みに利用して動いていることをつきとめた。従来の機械がノイズをできるだけ排除するためにエネルギーをたくさん使うのとは対照的だ。

 この「ゆらぎ」は生命現象のさまざまな階層に見いだされる。細胞内でのタンパク質のふるまいや、脳のひらめきにも「生体ゆらぎ」が関係している。柳田教授は階層をまたいで生体ゆらぎを表現できる「ゆらぎ方程式」を提唱した。いままでひとつの階層を表現する式はあったが、このようにミクロからマクロまで応用の利く方程式が日本から発信されたことの意義は大きい。そしていま大阪大学のナノテク、ロボット、情報工学の研究者らが、この方程式を利用してイノベーションに取り組んでいる。

 すでにゆらぎを取り入れた新しい腕ロボットや、従来よりもずっと早く情報検索できるシステムなどが実現している。低コストでノイズにも強いことが「ゆらぎ」の利点だが、生き物に近いシステムは私たちの気持ちや体にもっとフィットするはずだ。

 それだけではない。ゆらぎ方程式をさらに研究すれば、いま地球上に存在しない「生体ゆらぎ」さえ見つかるかもしれない。つまりまったく新しい概念の生命体の発見である。

 この21世紀、先端医療は新生命体の誕生さえも促すのか? 5年後の成果を期待したい。
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せな・ひであき
小説家。1968年静岡県生まれ。96年東北大学大学院薬学研究科(博士課程)修了。95年、大学院在籍中に執筆した「パラサイト・イヴ」が日本ホラー小説大賞受賞、155万部のベストセラーに。主な著書は「デカルトの密室」 「ハル」など。

■瀬名秀明「イヴのみる夢」
(15)標識付きウイルスで伝播追跡
(14)父親から受け継ぐ「寿命の回数券」
(13)人類のⅠ型糖尿病も同じ!?
(12)「し忘れ」と「し間違い」の脳科学
(11)体外離脱でメンタルヘルスケア
(10)仮想空間で運動障害をリハビリ
(9)「アルツハイマー病予防で残りの人生謳歌」
(8)「ロボットと運動する楽しさ」
(7)「ペットが分身に?」
(6)「オヤジ臭さ」撃退!
(5)「人間の脳と機械の体を"融合"」
(4)「自分の脂肪でケータイ充電」
(3)「自分の一部を機械が操作」
(2)「ゲノム情報を読み取る」
(1)「ミトコンドリア占い」

投稿日: 2008年01月16日

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