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戦艦「陸奥」爆沈の現場を歩く

■週刊軍事情報
軍事情報 昨年12月、海上自衛隊の護衛艦「しらね」が電気系統が原因とみられる火災に見舞われた。海自では前代未聞だが、帝国海軍では艦艇の火災・爆発事故が結構多かった。戦艦「三笠」巡洋艦「日進」巡洋戦艦「筑波」戦艦「河内」「陸奥」などがそうだ。

 このうち、世界の海軍史上でもまれに見る惨事となった陸奥の爆沈は第2次大戦中の1943年6月8日。殉職者が1121人、生存者は353人に過ぎなかった。現場の広島湾にある海軍艦艇が停泊していた「柱島泊地」には現在も一部が沈んだままで、南東約3キロの海岸に「陸奥記念館」が建設されている。

 山口県・周防大島にある同館は広島から車で約2時間半。訪れたのが大みそかでもあり、入館者はまばらだったが、1970年6月から約8年間の引き揚げ作業で収集された遺品や備品、遺族の手紙など資料は充実。屋外には副砲や艦首、スクリュー=写真、直径約4・2メートル、主錨なども展示してある。

 陸奥は後部にある3番砲塔下にある弾火薬庫から出火、爆発した。当時、海軍は「M査問委員会」という組織を作り原因究明を進めたが、放火による疑いが極めて強いと考え、ある2等兵曹を“容疑者”とした。ただその2等兵曹も行方不明で、「爆発ガ人為的ニヨルモノデナイトイウ確証ノナイ以上ハ、人為的デアルトイイ得ルガ…」という訳の分からない結論を導いたとされる。

 というのも、それまでにも放火・失火が多かったからだろう。三笠は日露戦争の戦勝に浮かれ兵卒が火薬庫でろうそくをともして酒宴を開いたことが原因。日進では上官に対する怨恨から1乗組員が火薬庫に放火した。

 火薬庫爆発事故は外国の海軍でも起きている。戦艦クラスではイギリス3隻、イタリア2隻、フランス4隻が多いが、日本海軍の3隻だが、損失率は最悪だ。

 「陸奥爆沈」を著した作家の故・吉村昭氏らも示唆するように、日本海軍という組織そのものの問題なのか。真相を知る殉職者の大半は水深約40メートルの海底に眠っている。

投稿日: 2008年01月17日

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