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沈没した戦艦「陸奥」の、意外な活躍ぶり

■週刊軍事情報
col20080115_01.jpg 先週に引き続いて戦艦「陸奥」の話題を。
 陸奥は今でも一部が海底に眠っており、時折スキューバダイビングのダイバーが訪れる。ただ「40メートルという深度はスキューバダイビングで潜るには深いだけに中級者以上が対象で、時間もせいぜい20分程度」と関係者。沈没直後の海軍の潜水調査やその後の引き揚げ作業でも、潜水夫は潜水病などに非常に苦しめられたという。

 潜水病は深海の大きな水圧によって血液中にとけ込んだ窒素が、浮上して水圧が減ることで血管中に気泡となって現れて起きる。脳や神経などに障害を起こし、死に至るケースも。記者もスキューバダイビングをするが、浮上の際には減圧停止といって水深5メートルあたりで窒素を抜くための時間稼ぎをし、これは非常に重視されている。

 悪戦苦闘の末に艦体の約75%が引き揚げられたが、この鋼材はその後意外なところで活躍する。全国各地の原発で使われている放射線測定装置の遮へい体になったのだ。

 戦後作られた溶鉱炉は、炉の劣化を調べるため放射性物質コバルト60が練り込まれているので製品の鉄にもコバルト60が含まれる。だから微量の放射能を調べる測定器には戦後生まれの鉄は使えない。一方陸奥の鋼材は戦前生まれで厚さもあり、海中にあったため核実験の降下物にも汚染されていない。かくして「陸奥鉄」が引っ張りだこに。

 ほかの引き揚げ部材も各地に残る。3年式14センチ副砲は東京・九段の靖国神社に1門、広島・呉の大和ミュージアムには41センチ主砲身(4番砲塔左)や舵、旗竿など、和歌山・高野山の奥の院では4番砲塔台座や推進軸が供養塔に転用されている。

 また、同型艦で、終戦時稼働可能な状態だった唯一の戦艦「長門」は、ビキニ環礁で行われた水爆実験クロスロード作戦の標的にされたが、空中爆発ではほぼ無傷。2度目の実験の4日後にようやく沈没した。その長門も今ではダイビングスポットだ。

投稿日: 2008年01月22日

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