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瀬名秀明「イヴのみる夢」(18)-心の痛みに効く処方
OLのGさんは心の痛みがよくわかる人だ。仲間はずれにされている同僚を見ると胸が痛む。しかし自分の気持ちにも敏感で、失恋の痛手からなかなか立ち直れない。仕事に集中して忘れようとするが、帰宅すると辛い思いが蘇ってしまう。鎮痛薬のように心の痛みを治す薬があればいいのに、とGさんは思う。
私たちが感じる痛みには2種類あって、ちくりとする鋭い痛みと内臓が疼(うず)くような鈍い痛みでは、作用する末梢神経の種類が違う。近年になってようやくそれぞれの神経線維の特徴を研究する技術が進んできた。
脳がどのように痛みを感じているのかについても研究が進んでいる。触覚や痛みの種類を判断する場所と、またその痛みがどのような意味を持つのかを感じる部分は違うようだ。とくに鈍い痛みを処理する部分は人間の情動や行動の変化に関係しているところなので、「心の痛み」とも大いにつながりがある。
三国志の関羽は麻酔なしの手術を受ける際に碁を打って集中し、痛みをしのいだそうだが、ヨガの達人も瞑想(めいそう)中には本当に痛みを感じなくなる。
自然科学研究機構の柿木隆介教授はヨガの達人の脳を測定し、アルファ波が驚くほど上がっていることや、痛覚反応があるはずの脳の部位で血流がまったく増えていないこと、むしろ痛覚を抑制する働きの部位で血流が上がっていることなどを見いだした。
柿木教授はさらに心の痛みの解明にも意欲を燃やしている。歯の治療の写真を見ただけで私たちは思わず痛みを感じてしまうが、このとき脳の中では痛みの種類ではなく意味を感じ取る部分が活動していることがわかった。相手に共感する脳の働きが、痛みの意味をつくり出して私たちの心を痛めているのかもしれない。失恋の胸の痛みだけを抑える薬も今後は登場してくるだろう。
痛みはなぜか他の感覚と違って、他のことに注意を向けたり、運動したりすることによって軽減する。いま心の痛みにいちばん効く処方は、つまり気晴らしと運動なのだ。
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せな・ひであき
小説家。1968年静岡県生まれ。96年東北大学大学院薬学研究科(博士課程)修了。95年、大学院在籍中に執筆した「パラサイト・イヴ」が日本ホラー小説大賞受賞、155万部のベストセラーに。主な著書は「デカルトの密室」 「ハル」など。
■瀬名秀明「イヴのみる夢」
(17)“予知”能力もトレーニングできる
(16)「ゆらぎ」を活用する生命
(15)標識付きウイルスで伝播追跡
(14)父親から受け継ぐ「寿命の回数券」
(13)人類のⅠ型糖尿病も同じ!?
(12)「し忘れ」と「し間違い」の脳科学
(11)体外離脱でメンタルヘルスケア
(10)仮想空間で運動障害をリハビリ
(9)「アルツハイマー病予防で残りの人生謳歌」
(8)「ロボットと運動する楽しさ」
(7)「ペットが分身に?」
(6)「オヤジ臭さ」撃退!
(5)「人間の脳と機械の体を"融合"」
(4)「自分の脂肪でケータイ充電」
(3)「自分の一部を機械が操作」
(2)「ゲノム情報を読み取る」
(1)「ミトコンドリア占い」



