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桜井鉄太郎「ユメの行方」第1章―第22回

<1971.10.26 回想6~ゴールデン街『チープスリル』>
yume20080302.jpg 「坊やなかなかやるじゃないか!」ステージを降りるとメンバーたちから口々にほめられ、トキオはある種晴れがましさを覚えていた。ルミは緊張して神経をピリピリさせていたトキオの肩をやさしく抱き寄せ、「やったじゃん、あたしの勘が当たったわ」と誰にも聞こえないくらいの声でささやく。

 タクヤがすかさず寄ってきて「ルミ、いい男つかまえたな。大事にしろよ」と悪戯っぽく微笑みながら語りかけると、ルミはちょっと眉をひそめたが、すぐに気を取り直し目で笑ってタクヤに独り言のように言った。
 「おかげでとってもふっきれたわ」
 謎のような言葉を残してルミはトキオの手を取ると、この場所のざわめきから逃げ出そうとでもいうようにかなりの早足で店を出た。トキオはもう慣れてしまったのか彼女が何をしてもあまり驚かずに見ていられた。
 花園神社からゴールデン街の奥の方へルミはなんの躊躇もなくずんずん進んでいく。『チープスリル』と書かれた古びた看板のバーに2人は入った。
 ビヤ樽のようなママがカウンターの中で窮屈そうに佇んでいる。埃をかぶったような年季の入ったアップライトピアノが店の半分以上のスペースを取ってしまっていて、6人も客が入ったら軽くキャパシティオーバーだ。なぜだかこの店の風情には不似合いな『The Band』の「Music From Big Pink」が針飛びしながら辛うじてかかっている。
 慣れた様子でルミはママに「ツボルグ」という耳慣れない名のビールを2本オーダーする。芸術家風の初老の男がカウンターの一番端で無表情にロックグラスをあおっているだけで、あとは客はいない。缶ビールのプルトップを勢いよくルミがひっぱると、あまり冷えてなかったらしくぬるい泡が溢れ出す。気にせず乾杯し、異常に機嫌のいいルミはアップライトピアノを撫でるようにしてたかと思うといきなり弾き出した。
 古いシカゴタイプのブルースだ。自然と体が動き、トキオは上着のポケットに忍ばせていたブルースハープを取り出し、あうんの呼吸でルミに続く。キーはAだ。眉間に縦皺をきざみながら恍惚とした表情で弾き語り始めるルミ。トキオは呼吸を整えながら彼女のヴォーカルにハープを絶妙のタイミングで絡ませていく。ルミに対する自分の感情や思いをぶつけるようにトキオは反応していく。
 いつのまにか客の数が増えている。ルミは首を縦に振りさらに体を左右に振って熱っぽく歌い、客たちは足を踏み鳴らし口笛を吹き熱狂している。トキオは腑抜けたようにいつしかハープを吹くのを止め、何故かルミの歌力に嫉妬し始めていた。
 この晩からトキオとルミはいわばステディな関係をスタートさせた。そして数々の修羅場をくぐり抜けながらもこの奇妙なカップルは、綱渡りながらも濃密な関係を半年余り続けるのだが、ある日…。
<この項 つづく>

BACK GROUND MUSIC : Music From Big Pink / THE BAND

[登場人物]
幾田トキオ(17歳)高校2年生、バンド少年
中田ルミ(21歳)大学4年生、ジュンの姉
武川タクヤ(23歳)ブルースエトセトラのギタリスト
米田マリ(44歳)BAR『チープスリル』のママ

投稿日: 2008年03月02日

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