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桜井鉄太郎「ユメの行方」第2章―第26回

<1976.10.01 新宿viva non オープン当日 2>
yume20080330.jpg サウンドチェックを終え、真新しいペンキの匂いも漂う中、viva nonの全スタッフは龍さんはじめ、皆ある意味到達感に浸っていた。
 もともとのviva nonの伝統に則って、今回の新宿店も外装、内装、インテリア、厨房、音響、PAにいたるまで、ほとんどが viva nonスタッフの手によるものである。トキオもブッキング作業の合間を縫ってペンキ塗りに従事していた。関係者が苦労の末、手作りでオープンにこぎつけたわけだから、喜びもひとしおだ。

 ちょっとブレイクして、みんなで昼飯でもと思い外に出てみると、なんと店の入り口から小滝橋通り沿いに早くも100メートルほどの列ができていた。おまけに整然と並んでなんかいないものだから、ちょっとしたパニック状態をきたしつつあった。
 すると、このビルのオーナーらしき人と上の階に入ってる銀行のえらいさんが龍さんのもとに近づいて深刻そうな顔をしながら、なにやら抗議をしはじめた。やがてみるみる龍さんの表情がこわばりはじめた。そうこうしてるうちに客の数はますます増えていく。もう昼飯どころの騒ぎじゃない。店長の原敬二と龍さんが連れ立って1階の銀行の通用口に入っていった。
 とりあえずは事情が呑み込めないものの、残りのスタッフは腹が減っては戦ができぬとばかり近所の蕎麦屋で食事をすることにした。なぜかスタッフ6人全員がカツ丼を注文し、おおいに食欲を満たした後、今回の新宿viva nonオープニングセレモニーのスケジュール表を改めてみんなで検証しようということになった。
 龍さん&秋さんの協力を得つつ、あらゆる人脈を駆使してトキオは豪華なブッキングができたと自負していた。当初の予定よりもスケールアップし、10日間にわたる華やかな日本の音楽シーンのライブイベントの決定版が、苦労の末でき上がった。
 ざっと記しておくと、
 10月1日(金)ソウル マッド クリュー金城マミ&シュールピロウ
 10月2日(土)加瀬丈/大槻ひでじ/西脇宏蔵/中村イサム
 10月3日(日)森尾成一&ダムエンジェルス/北佳惟&ムービン アローズ/山名芳博&ゴースト シティ ボーイズ
 10月4日(月)タクティックス
 10月5日(火)小林真理子/矢田藍子
 10月6日(水)大間冴子 /斉丸千香夫 / 新藤元治
 10月7日(木)リジー&ハロージャムセッションズ
 10月8日(金)川崎リコ
 10月9日(土)ノックミーアウト/いーぺーこー
 10月10日(日)喜多川ひろし&サンデーボッサ ナイト
 といった具合だ。
 現在の日本のロック、フォーク、ポップスの集大成といった感じにはなっている。われながら素晴らしいブッキングワークだとトキオは周りに自画自賛していたら、龍さんに次ぐviva non No.2で今回の工事責任者のハタさんに頭をこづかれてしまった。「なま言ってんじゃねえよ」。彼の前ではトキオもまだまだ小僧扱いだ。
 しかし今回のハタさんの働きっぷりといったら物凄かった。おそらくこの1週間、家になんか帰っていないんじゃないだろうか。この数年のviva nonの躍進ぶりは現場指揮者としてのこの人の功績が相当の割合を占めているだろう。
 蕎麦屋を出て13時ころ店に戻ってみると、さらにいっそう混乱状態になっていた。ライブの整理券は15時に配布するというビラが張ってあるのにもかかわらず、もはや店のキャパシティ300人を超えているんじゃないかというほどの人の列がそこにはあった。店に入ると、龍さんと店長の原が沈鬱な表情を浮かべてカウンターにいた。
 「ヤバいことになったよ。今日はオープンできないかもな」
 龍さんが腹から声を絞り出すように嘆く。こんなことは珍しい。
 「どうしたんですか? あのビルのオーナーと銀行のオヤジになに言われたんすか?」
 「まあ、たしかに音がデカ過ぎるだの銀行への営業妨害だの近隣への迷惑甚だしいだの、いろいろ言われたさ。でも、そんなの俺にとっては、めじゃねえ。そのくらいお前らもわかるだろう? 面倒なことになったのは、あの後、小紫会の若い衆が来てこの店にいちゃもんつけていったことなんだ」と龍さんは語る。
 「そんなチンピラほっときましょうよ。なにもオレらがひるまなくったっていいじゃないですか」とトキオ。
 「ところがそのチンピラと話してるうち、原が血がのぼっちゃってそいつをこづいちゃったんだ。そしたら反撃してくると思いきや、やっこさん大袈裟に痛がって、これから上のもの連れてくるから、この件解決するまで店開けさせないからって行っちゃったんだよ」
 原はこれ以上ないというほど落ち込んでいる。あの強気の龍さんも、やくざばかりは得意じゃないようだった。そうこうしてるうちに出演者たちが続々と入ってきてリハの準備を開始するわ、店の電話は問い合わせで鳴りっ放しだわ、外の客の列は膨れあがるばかりだわ、で大混乱。とりあえずスタッフ全員と自分もクールダウンするべくトキオはあるレコードをターンテーブルにセットした。
 殺気立った空気の店内にスティビーワンダーの『You are the sunshine of my life』が流れると束の間の平和が訪れたかのようだ。トキオはある勝算があった。
 いちゃもんをつけてきた「小紫会」の会長は死んだ爺ちゃんの兄弟分だった荒垣勇三という人だったのを思い出したのだ。
 トキオの祖父は極道ではなかったが、長らく池袋で商売をやっており、そんな縁で荒垣親分と親交があったのだろう。葬式の時も確か葬儀委員長を荒垣勇三が務めていたはずだ。トキオも小学生高学年まで彼にお年玉をもらったりしていた。最近もかくしゃくとした姿で週刊誌に登場しており日本侠客界の重鎮として80歳ながら現役バリバリのようだ。
 おまけに新し物好きらしく、トキオが読んだ荒垣のインタビュー記事には最近興味があることとして「最近買い揃えたオーディオシステムでロックを聴くこと」などと書いてあって、何となく話が合いそうだ。
 いまだに実家には彼からの年賀状も届いているという。トキオは思い切って荒垣の事務所を訪ねることにした。龍さんにそう提案すると即座に否定された。
 「やくざになんか関わるな!」と一喝されたが、このままほっとくと、さっきの若い衆がおっつけ妨害工作に出てくるのは目に見えている。リハーサルは原にまかせ、トキオは早速行動を開始した。viva nonを出ると新宿十二社にそびえたつ「小紫会総本部」に、ある秘策を胸にトキオは超然と意を決して向かったのだった。
<この項 つづく>

BACK GROUND MUSIC:Talking Book / Stevie Wonder

[登場人物]
幾田トキオ(23歳):viva nonの企画担当
矢野龍(32歳):viva nonのオーナー
原敬二(23歳):新宿viva nonの店長
ハタキンジ(32歳):viva nonのナンバ-2

投稿日: 2008年03月30日

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