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100年前に戦艦「三笠」“撃沈”も酒だった
■週刊軍事情報
イージス護衛艦「あたご」の衝突事故の激震が収まらない。先週金曜日にはあたごの乗組員が事故当時飲酒していたのではないかという疑惑が国会で質問され、石破茂防衛相は否定した。大日本帝国海軍では認められていた「酒」だが、昔から二日酔いではない頭痛のタネになっている。
海上自衛隊は艦内での飲酒は原則禁止だ。「米海軍も同様だが、英、独、仏海軍はOK。なかにはバーまである艦もある」(事情通)というから驚く。
海自の艦内禁酒は一般人も同じ。「観艦式」という訓練展示取材の際、広報担当者がマスコミに向かって、「控室にアルコール飲料の空き缶がありました。こうしたことがあると信頼関係を損なうので、絶対にやめてください」と注意した。
神経質な割には、インド洋で補給活動に従事していた護衛艦「あさかぜ」や「はるさめ」で飲酒が問題になっている。それはともかく、飲酒に対する厳しい姿勢は米海軍から受け継いだといわれるが、ほかにも帝国海軍時代の苦い経験があるからかもしれない。
帝国海軍は飲酒可。有名なところでは、沖縄特攻出港前日の戦艦「大和」で、夕方に「酒保開ケ」の命令が出され、艦長以下乗組員が無礼講で酒宴をした、というのがある。酒保とは売店のことで、海自も酒はないが酒保と呼んでいる。
ところが“酒”が戦艦「三笠」の爆沈事故の原因となった。しかも日露戦争の講和条約成立直後に、だ。
1905年9月12日深夜、佐世保軍港に停泊中の三笠が爆沈した。死傷者約500人の大惨事だが事故原因はなんと兵卒の“飲酒”。当時、ちょろまかした発光信号用のアルコールを水で薄め、臭気をとばすため着火して飲むことがしばしば行われていた。当夜も弾火薬庫の片隅で火をつけていたところ、こぼれたアルコールに引火して火災になったというのだ。
結局は士気のたるみが大事故に結びついたのだが、海自の飲酒問題・疑惑も同じ轍を踏んでいなければいいのだが…。
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