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「サラリーマン小説再読」『悲の器』エリート教授の破滅見事に活写

悲の器 暉峻康隆早大教授が「女子学生亡国論」を唱えた1962(昭和37)年、大学教授が私生活での醜聞から失脚する長編小説が刊行された。

 主人公で55歳の正木典膳は一時期、大学を飛び出し、検事としても精力的に活躍後、母校の教授に返り咲き教壇に立つ。肩書は法学部長で有力な学長候補でもあった。

 思えば彼は若いころから、順調なコースを歩んできた。戦前のことだが、専任講師時代、大学に言論弾圧の嵐が吹き荒れる中、主任教授は反政府的言動を慎むように弟子たちに指導したが、助教授の中には禁を破り、主義主張をかたくなに貫こうとして官憲に検挙される者もいて、主人公に助教授のいすが転がりこんできたのであった。さらに主人公は主任教授のめいを妻にもらった。

 検事としても刑法学者としてもずっと日の当たる場所にいた主人公だったが、突如、事件に見舞われる。家政婦に「肉体を弄ばれた」と訴えられたのである。新聞に掲載されたことで、主人公は痛手をこうむる。

 彼はこの事件を契機に人生を振り返る。若いころ自分は果たして保身のために主義主張をねじ曲げたことはなかったか。重病の妻が苦しんでいる同じ家で家政婦との情痴に狂ったのが自分の真の姿であるとも。

 正義とは何か。正義など初めからないのではないか。主人公の苦悩に終止符を打てるものは死しかない…。破滅に直面した知識層エリートの肖像が見事に活写され、中高年サラリーマンの胸にもしみる作品だろう。
 (文芸コラムニスト・長野祐二)

「悲の器」

投稿日: 2008年03月14日

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