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「乳(ちち)と卵(らん)」川上未映子著
第138回の芥川賞受賞作。芥川賞作品というと、分かりにくい、読みにくいと、大方、評判が良くないのだが、その意味では分かりやすい小説だろう。
語り手である「わたし」のもとに、大阪から姉の巻子とその娘・緑子が上京してくる。場末のスナックでホステスをしている巻子は憑(つ)かれたように豊胸手術の話をし、緑子は口を利かず筆談しかしない。
とまどいながら姉と姪を見ている「わたし」と、思春期で勝手に変化する体をいやがっている緑子の独白手記で話は進む。表題の「卵」を「たまご」でなく「らん」と呼ばせているのは、緑子の手記に出てくる「卵子」のことだから。乳と卵にこだわっている母子なのである。
読みやすいかどうかは、「ああもう調べても調べても調べても結局大事なことがあんまりわからんことがあるわけで、その調べられへんことこそが、大事やねんよ」といった大阪弁をまじえた饒舌(じようぜつ)体、長い個所では8ページ以上も改行なしにつづく文体への好き嫌いによるだろう。
私自身は帯の「―読む者の頭の中によく響く」(池澤夏樹氏の選評)かどうかは別としてすんなり読めた。話は酔った巻子から執拗にからまれた緑子が、「お母さん、ほんまのこというてや」と急に意味不明の言葉を発し、泣きながら、卵を次々に頭に打ち付けて割る。見ていた巻子も泣き出し同じことをする、というドタバタ喜劇に似たカタストロフィを迎える。
私は、そのあと飲み屋で働いている巻子の大きな寝言「おビールください」に、彼女の日常の切実さを感じた。こうした彼女たちの姿は、「容れ物としての女性の体の中に調合された感情を描いて、滑稽にして哀切」(山田詠美氏の選評)であり、そこにもっとも共感した。(文芸春秋・1200円)
