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桜井鉄太郎「ユメの行方」第2章―第27回
<1976.10.01 新宿十二社 小紫会 総本部>
viva nonを出て新宿中央公園を抜けると十二社温泉がある。そのすぐ隣りに建つ、誰の趣味だかわからないがガウディを真似しそこなったインチキなベルサイユ宮殿のような8階建てのビルが、東京の暴力団と呼ばれる組織の中で三本の指に数えられる「小紫会」の総本部である。
大阪やくざと違って関東の極道の世界には、お互いの縄張は不可侵という不文律があり、めったなことで抗争が起きることはない。それでも正面玄関には、ダークスーツの上の顔は傷だらけの、いかつい若い衆が張り番をしている。
どう考えてもトキオがここを突破するのは不可能に思えるのだが、ええいままよとポーカーフェイスで通り抜けようとしたら、案の定このボディガードくんに襟首つかまえられてしまった。
途方に暮れて思案していると、「芳やん」ことシンガーの山名芳博にバッタリ出くわした。
「トキやないか!どないしたん、こんな物騒なとこで」
久々に会った芳やんはトキオと同い年なのに貫禄十分だった。
簡単にいきさつを話すと、「ほな、俺についておいで。ちょうど荒垣の親父に用があったさかいに」
トキオは芳やんの父親が関西では有名な顔役なのを思い出した。なんでも父親は荒垣の兄貴分らしい。
何はともあれ、地獄に仏とはこのことだ。強面の番人は芳やんを見ると、さっきとはうってかわって、へこへこ挨拶しながらあっさりと玄関を通してくれた。
腰巾着のように芳やんに従いながらエレベーターで最上階へ。慣れた様子で重々しい扉を芳やんがノックすると、中からしわがれた声で「誰だ?」と声がする。
「親父さん、芳博や、開けてえな」と返すと、すぐさま扉は開かれ派手な紫色のスーツをまとった貫禄十分な荒垣親分が満面の笑みであらわれた。
部屋の中からはファンキーな音楽が天井を揺るがすような大音量で流れている。『Sly & Family Stone』の「Stand!」だ。
なんでヤクザの親分がこんな音楽を聴いてるのかトキオには咄嗟に理解できなかった。芳やんは荒垣と再会の抱擁を交わしながら、悪趣味な革張りのソファにどっかりと座りこみ、すっかりトキオのことは視野の外で盛り上がっている。
目で芳やんに合図するとやっと気がついて、トキオのことを親分に紹介してくれた。
viva nonでの先ほどの経緯をざっと話すと、機敏な動きで館内電話で例の若い衆を呼びつけた。待っている間、芳やんはくだけた様子で荒垣とファンクミュ-ジック談義などしている。
「トキ、おやっさんはえらい黒人音楽ファンでな、レイ・チャールズとも兄弟分なんやで。ジェームス・ブラウンとはいま絶交中らしいんやがな。今いちばんのお気に入りはスライだそうや」
これは話がわかると調子に乗ってトキオが話に割り込むと、とたんに親分は不機嫌になる。
「よしとせっかく久しぶりに会えたんだから、お前はおとなしくしとれ」と突き放されてしまった。
それにしても2人の親密さは尋常ではない。親子以上の絆が見てとれる。そうこうしてるうちに、ドアがノックされ因縁の若い衆が姿をあらわす。可愛そうなほどビビって萎縮しているサブロウという若者に威厳をもって荒垣は指示する。
「この青年のやってる、なんとかいうライブハウスには二度とちょっかい出すんじゃないぞ。わかったな!」
「でも親分、せっかくの新しいしのぎのきっかけが…」と反論した途端、もの凄いスピードで灰皿がうなりをあげてブーメランのようにサブロウの額をかすめて飛んでいった。そして荒垣のドスのきいた怒声がまわりの空気を一瞬のうちに凍りつかせる。「いいから言うとおりにしろ!」
機械仕掛けのおもちゃのようにサブロウは部屋から叩き出されてしまった。
「ところで、よしは今日はワシになんか用があったのか?」
「じつは今夜こいつのライブハウスにゲストで出ることになったんで、それもファンクを歌うんでおやっさんに聴いてもらおうと思って」
「オオー、そうか。でも、お前はロックばかり歌うんじゃなかったのか?」
「いや今日は友達のソウルマッドクリューというファンクバンドに飛び入りゲストで出るんですよ、盛り上がりまっせ!」
「見たいのはやまやまなんじゃが、あいにく今夜は寄り合いがあってな、次やる時は早めに知らせよ」
あっけにとられて2人のやりとりを聞いていたトキオだが、何となく最悪の事態は逃れた様子なので、親分に気づかれないように芳やんの袖を引っぱって合図した。
察した芳やんは「じゃあ、そういうことで、また遊びにくるさかい、おやっさん今度はおいしい飯でも食いにいきまひょ」と軽快に言うと立ち上がる。再び大げさな抱擁を2人が交わすのを見つつ、トキオは一刻も早くviva nonに戻って皆を安心させなくてはと心がはやった。
<この項 つづく>
BACK GROUND MUSIC :Stand! / SLY & FAMILY STONE
[登場人物]
幾田トキオ(23歳):viva nonの企画担当
山名芳博(23歳):天才ロックシンガー
荒垣勇三(80歳):博徒「小紫会」の会長
三島サブロウ(23歳):小紫会の若い衆
【この連載について】
1974年、まだJ―POPなどと呼ばれていないころの日本の音楽シーン黎明期。主人公・幾田トキオは音楽業界人としての第一歩を歩み始めた。以来30数年、さまざまな場所・局面で出会った個性あふれるミュージシャンや業界人らとの交流を小説仕立てで綴る“ドキュメントフィクション”。執筆者は音楽ユニット「Cosa Nostra(コーザ・ノストラ)」などを手がけるミュージシャン・音楽プロデューサーの桜井鉄太郎氏。同氏のブログは桜井鉄太郎.jp



