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桜井鉄太郎「ユメの行方」第2章―第28回

<1976. 10.10 新宿viva non セレモニーを終えて>
yume20080413.jpg 新宿viva nonオープニングセレモニーの全てのプログラムを終了させて、トキオは放心状態でカウンターの奥にある長椅子にからだをゆっくり沈め、しばらく黙ってこの10日間のことを考えてみた。
 日によってバラツキはあったものの、ほぼ満員が続き、大盛況のうちに先ほどフィナーレを迎えたわけだが、なぜかトキオの胸の内には満たされない何かがあった。

 この2年間、荻窪、西荻から始まって下北沢、新宿と、とてつもないペースでviva nonは発展していき、LIVEブッキングの中核を担うトキオも猛スピードで突っ走ってきたのだが、その集大成としての新宿viva nonオ-プニングセレモニーを成功裡に終わらせた今、達成感を得たというよりも意気喪失してしまったような感じで、複雑に揺れ動く自分の頭の中が整理できていないのだ。
 これから何を目指していけばいいのか。打ち上げのアルコールがゆっくりと全身を駆け巡りつつあるなか、トキオが坐っている長椅子に秋さんこと秋山圭一が腰をおろし、両腕をゆるく重ねるように組み、やはりゆるく組んだ足の先をゆらゆらさせながらトキオに話しかけてきた。
 まるで今のトキオの心の中を見通しているかのように、秋さんは的確に今回のセレモニーの総括とトキオに対するねぎらいの言葉、そしてちょっぴり皮肉まじりにさまざまな問題点をあげ指摘してくれた。
 viva nonに入って2年たち、さまざまなタイプの先輩スタッフたちを見てきたが、秋さんはおしゃれで頭もスマートで音楽知識も豊富。なによりもトキオをはじめとする若いものに対して決して偉ぶることもなく、やさしく導いてくれている憧れの人だった。
 最近ではsweet money解散後の田城旭春のニューヨーク&ロスアンジェルスレコーディングのソロデビューと大間冴子のソロアルバムを手がけ、その忙しい合間を縫って新宿viva nonの立ち上げのアドバイザーを務めてくれていた。
 店長の原がジョージ・ハリソンの『Living In The Material World』をなにげなくかけてくれた。秋さんの風貌に似ている。ジョージのこのアルバムは宴が終わった後のみんなの心をやさしくなごませてくれる。
 と突然、秋さんは落ち着いた柔らかな声でトキオにある提案をもちかけてきた。あまりにも素晴らしいその計画に、トキオは自分でも呆れるほど即座に相槌を打っていた。そのプランとは…。
<この項 つづく>

Back Ground Music:Living In The Material World / George Harrison

[登場人物]
幾田トキオ(23歳):viva nonの企画担当
原敬二(23歳):新宿viva nonの店長
秋山圭一(30歳):敏腕音楽プロデューサー

【この連載について】
 1974年、まだJ―POPなどと呼ばれていないころの日本の音楽シーン黎明期。主人公・幾田トキオは音楽業界人としての第一歩を歩み始めた。以来30数年、さまざまな場所・局面で出会った個性あふれるミュージシャンや業界人らとの交流を小説仕立てで綴る“ドキュメントフィクション”。執筆者は音楽ユニット「Cosa Nostra(コーザ・ノストラ)」などを手がけるミュージシャン・音楽プロデューサーの桜井鉄太郎氏。同氏のブログは桜井鉄太郎.jp

投稿日: 2008年04月13日

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