TOPピックアップ / ユメの行方 > 桜井鉄太郎「ユメの行方」第2章―第30回

桜井鉄太郎「ユメの行方」第2章―第30回

<1976.10.11 新宿viva non 天才トマトそしてレーベルオーディション スタート>
yume20080427.jpg ステージでは、山中浩輔のリリカルなピアノ演奏が厳かにスタートしている。舞台前では20人あまりの酔客が息をのんで今か今かとトマトの登場を待っている。
 山中のピアノは徐々に狂気をともない始める。と突然ステージ脇の控え室からトマトがゆっくりと登場してきた。客席から割れんばかりの喝采が送られる。

 頭には新聞紙で作った虚無僧のかぶりものをし、いきなり国籍不明の言語を操りながら演説をし始める。中国語、朝鮮語、スワヒリ語、フランス語などの混じったデタラメなトマトのアジテーションにすっかり煽られたオーディエンスは激しく腹の皮をよじらせている。トキオも秋さんもステージの最前列にいつのまにか釘付け状態だ。
 一番はしゃいでたのはオーナーの龍さんだ。
 「トキオ、この男を新宿viva nonのレギュラーにするぞ。すぐブッキングしろ!」と興奮して指令してきた。
 傍らにいたジャパンラジオの福間サンも「こいつをオールナイトジャパンのパーソナリティーに抜擢するのも有りだな」とすっかり目の色を変えている。
 一癖も二癖もある観客たちをすっかり魅了したトマトはこの夜を境に、のちに日本を代表するスーパーボードビリアンの座まで登り詰めていくのである。
 こうしたちょっとしたハプニングでviva nonのオープンセレモニーは幕を閉じたのであるが、翌日から龍さんはじめ秋さん、トキオを中心に早くも重大ミーティングが頻繁に開かれるようになった。議題はもちろん、『viva nonレーベル』の設立だ。
 血湧き肉踊るこの案件にトキオのモチュベーションはあがりまくった。何よりも心強いのは、秋さんこと秋山圭一が座長格でこの計画に参入してくれたことだ。情熱ばかりが先走り、レコードビジネスに関して何のノウハウも経験もないトキオにとって、秋さんの存在はとてつもなく強大なものであった。
 まずは企画書作りのイロハから教わりながら,毎日腰巾着のように秋さんの後ろにくっついて歩いた。南青山3丁目の秋さんのオフィス「your park」にも足しげく通った。もちろん秋さんの音楽知識を吸収する目的もあったが、デスクをつとめるチャーミングな山上ネリちゃんの笑顔に惹かれて、という理由もあった。
 短大を卒業したばかりの彼女は人当たりもよく英語も堪能で仕事もかなりできる子だった。viva nonレーベルの企画書づくりも、ワープロがまったく駄目なトキオは全面的にネリ嬢に頼っている始末である。
 翌年の4月にはなんとか第1回のリリースを実現したいのだが、そうなると年内にはレコード会社と契約にこぎつけたい。逆算すると来週いっぱいでプランニングをまとめあげなくてはいけない計算だ。
 your parkは3面が大きなガラス窓になっていて、昼間はカリフォルニアのように光のシャワーが降り注ぐ。トキオは口述筆記のようなスタイルでネリと企画書を急ピッチで午前中から練り上げていた。
 スティーブンビショップの「on and on」がオフィスの光の中をたゆたうように満たしている。企画書はもう半分ほどでき上がってきた。同時並行でアーティストの発掘もしていかなければいけない。すでに募集をviva non4店だけでかけていて、すでにトキオの手元には100本ほどのテープが早くも集まっていた。
 ピンからキリまでレベル差はあるのだが、完成度としてはともかく、面白い突出した個性の持ち主が3名ほどいた。「佐竹春信」というアーティストはとりわけトキオの耳を惹き付けた。
 荒削りだが個性的な唄い回しと鋭い詩曲作りは図抜けている。龍さんに一応聞かせてみたのだが一刀両断で「こんなの売れるわけねえ」と一蹴されてしまった。まさか10年後に彼が日本を代表するロッカーに成長するとはその時は露知らずに…。
<この項 つづく>

BACK GROUND MUSIC : Careless / STEPHEN BISHOP

[登場人物]
幾田トキオ(23歳):viva nonの企画担当
秋山圭一(30歳):敏腕音楽プロデューサー
福間真一(31歳)」ジャパンラジオのディレクター
矢野龍(32歳):viva nonのオーナー
山中浩輔(33歳):アヴァンギャルドな天才ピアニスト
トマト(31歳):密室芸人
山上ネリ(21歳):「your park」のデスクマネージャー
佐竹春信(21歳):シンガーソングライターの卵

【この連載について】
 1974年、まだJ―POPなどと呼ばれていないころの日本の音楽シーン黎明期。主人公・幾田トキオは音楽業界人としての第一歩を歩み始めた。以来30数年、さまざまな場所・局面で出会った個性あふれるミュージシャンや業界人らとの交流を小説仕立てで綴る“ドキュメントフィクション”。執筆者は音楽ユニット「Cosa Nostra(コーザ・ノストラ)」などを手がけるミュージシャン・音楽プロデューサーの桜井鉄太郎氏。同氏のブログは桜井鉄太郎.jp

投稿日: 2008年04月27日

トラックバックURL:

ちょいワルフジBLOG

最新記事

夕刊フジBLOGから

コラボ企画

オススメサイト

夕刊フジBLOGモバイル

  • http://yfuji.jp/
    夕刊フジBLOGモバイル
  • 携帯も夕刊フジBLOGモバイル