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夕刊フジ創刊40年「識者の話」
来年2月、夕刊フジは創刊40年を迎える。創刊時の編集綱領には、『夕刊フジは個性ある記事、独自の紙面でつねに新しい新聞を創造し、現代に挑戦する』との一文がある。綱領に従い、夕刊フジの記者たちは個性的な記事を書くべく努力してきた。それを強力にサポートしてくれたのが、日々の紙面にコメントや原稿を寄せてくれた識者の方々だ。今日は、そんなコメンテーターの方々に「夕刊フジ」についてコメントしてもらった。
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小林吉弥氏
「五経」の一つ『礼記』にいわく、「官正しきときは国始まる」とある。ひっくり返せば、政治権力がゆがめば国はアウトということになる。権力というものは、時間の経過とともに間違いなく腐敗する。そうした権力を監視するのが、マスメディアの最大の仕事である。チンとそっくり返っている新聞記者などは、一文の価値もない。記者たるもの、常に“前かがみ”であるべきと思っている。
その点、私の知るかぎり、夕刊フジの記者諸君は総じてこの“前かがみ”姿勢でいる。記者として、これも不可欠な社会正義感、度胸もなかなかの人物が多い。一昔前の「ブン屋」気質をホーフツとさせて、頼もしいのである。私などは、こうした記者の度胸に背中を押された格好で、昨年夏の参院選予測で「自民37・民主60」議席を冷や汗タラタラで寄稿させてもらったが、結果はズバリ的中という恩恵を受けている。
夕刊フジは発刊40周年。私も永田町取材に携わって約40年、青春を費やしたという感慨から同じ歩みとしての親近感がある。
僚紙・産経新聞が「正論」なら、こちらは「異論」で勝負してもらいたい。権力を疑い、庶民の“声なき声”に耳を澄ませてほしいものだ。もっともっと、ハスに構えろということである。
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酒井政利氏
レコード会社のプロデューサーをしていたころ、CBSソニー(当時)から南沙織を長女、郷ひろみを長男、そして山口百恵を次女として売り出しました。ちょうどそのころ、1972年ぐらいに「ぴいぷる」の取材を受けたときの自分の写真が印象深いですね。
手で大きなアクションをしながら自信たっぷりにしゃべっている。でも今、本音を言えば、そのころの百恵については「ちょっと地味じゃないか」「暗いんじゃないか」と模索しながら「どうしたらヒットが出せるか」と悩んでいました。
その後、芸能界のスキャンダルが起きるたびに、現場感覚で連載や寄稿もさせていただきました。
とくに松田聖子は、アイドルの鑑だと思います。どんなに恋愛問題で翻弄(ほんろう)されても、キャラクターが弱まらない。正直でいい。スターというのは、日が当たる部分と影の部分が両方、濃ければ濃いほど良い、というのが持論です。
デヴィ夫人が私に「芸能界のパラサイト(寄生虫)」だと論争をふっかけてきたときも面白かった。ワイドショーの黄金期ですねぇ。視聴率が取れたし、番組でデヴィ夫人と私、どちらを支持するかとアンケートしたら、デヴィ夫人が10数%、私が60%以上だったことをよく覚えていますよ。
夕刊フジはこれまで、時のスターや真剣に生きている人たちが紙面を飾ってきました。今は要領よく立ち回ろうとする、ちまちました芸能人が多いのが残念です。
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塩田丸男氏
昔から夕刊フジにはことあるごとにコメントしていましたが、1999年4月から半年間は、時事放談コラム「なんでも丸かじり」も連載しました。本当に好き勝手書かせてもらいました。紙面のパワーに負けないようにね。
「赤ん坊にフェラチオするな!」とか、「恋人のナニも割りばしで?」「浮気は活力」といった内容は、担当記者もビックリだったんじゃないかな。その中でもっとも印象に残るコラムは、5月11日に書いた「春の叙勲~猿が勲章をぶら下げても」。当時の前川春雄日銀総裁が、勲一等を辞退した件について書いたんだけど、総裁のコメントが秀逸でね。「人間に等級をつける勲章は私の趣味ではない」だって。
当時の日銀には、そんな立派な豪傑もいたんですよ。いまは総裁が空席だけど、尽きるところ「この人しかおらん」っていう器がいないってこと。誰にしたって小粒ってことですよ。
コメントで印象深いのは、2001年2月18日の「高槻市長、妻介護で辞表提出」の記事。一般紙の論調は、ほとんどが「市長けしからん」。私は、それが不愉快でね。夕刊フジから市長フォローのコメント依頼がきたときはうれしかったなぁ。「行政は代わりでも務まるが、夫はオレしかいない」って市長の思いを、熱く代弁させてもらったよ。夕刊フジは何年たっても、そういう「優しさ」だけは忘れちゃダメだね。
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高木勝氏
夕刊フジはサラリーマンの目線から経済、金融、企業経営に切り込んでいて、着眼点やテーマ絞り込みが鋭い。一読者として日々の情報収集や分析に役立っています。
コメンテーターとして紙面に登場させていただくことが多いのは、私が国民の目線で経済を分析し、政府や日銀の問題点を指摘しているので、夕刊フジと視点が重なるためではないかと思います。意見を発信する責任は重いので、常に最新の情報をキャッチして誤りのない分析を心がけています。
夕刊フジに私のコメントが出ると、友人や同僚から「その見方は分かるが別の言い方もあるのでは」「政府にもいいところはある」など反応があり、独善的にならないためにも役立っています。
長い景気回復で、いずれはサラリーマンにもメリットが及ぶと言われながら、ついに景気後退に入りつつある。人件費削減や雇用が失われる懸念が再燃しています。
増税や保険料アップなど二重苦、三重苦の時代だけに、夕刊フジの存在意義は大きい。サラリーマンや国民生活の課題について処方箋(せん)を示してもらいたいですね。
巨人ファンとしてコメントさせていただくこともありますが、どうも最近の巨人は著名な選手を外から持ってきても結果につながっていない。今季は単独プレーではなく組織力を生かして日本一になってほしいですね。
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荻原博子氏
夕刊フジも創刊40周年ですか。創刊当時に入社した団塊の世代がまさにリタイアを迎えるわけですね。何か感慨深いものがありますね。
最近は時の流れるスピードがとにかく速い。私が夕刊フジにサラリーマン向けのコラムを書いていたころは「こんなお得な情報がありますよ」と、ある意味のんびりと情報を発信できました。
ところが、テンポが速くなると腹の立つことが多くなり、書くことも「お得情報」から「怒り」に変わってしまいました。以前はこんなに殺伐とはしていませんでした。お父さんのお小遣いにもゆとりがありました。昔は平均で月5万円だったのに、いまはほとんどが3万円ですよ。若い人の中には2万円、1万円という非常に厳しいフトコロで我慢している方もいるわけです。そういう時代に、なけなしのお金で夕刊フジを買ってくださるなんて、ありがたい話ではないですか。
夕刊フジはこれまで、ストレートに分かる記事を書いてきました。一般紙のような微妙な言い回しは決して使わない。会社帰りの人に「うーん、世の中はそういうことなんだ」と分かるように、生活者の言葉と立場で伝えてきたわけです。
「今日は何を教えてくれるのだろう」と毎日読むのが楽しみで、読んだものが全部タメになる。これからも、そんな夕刊フジであってほしいですね。
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広岡達朗氏
40周年にあたり、夕刊フジの若い記者、スタッッフの皆さんに「夕刊フジを作ったのは誰か知っていますか」と問いたいですね。
それは創刊に主導的な役割を果たし、フジ新聞社の社長を務めた山路昭平さんです。
私は1979年にヤクルト監督を辞し、82年に西武監督に就任するまでの間、夕刊フジの評論家としてお世話になりました。当時、他社からも数多くお誘いをいただいた中で夕刊フジを選んだのは、山路さんがどこよりも早く、しかもトップ自ら拙宅にお越しくださって、『あんたしかおらん』と言ってくださったからです。豪放磊落な方で、誠意を感じました。こういう方がいたことを、今の夕刊フジの方々はご存じでしょうか。
こんなことを申し上げるのは、日本の社会も球界も、個人主義を重宝するあまり、組織の誇り、歴史が忘れ去られていると感じるからです。
一昨年のキャンプで、巨人の内海哲也投手が巨人OBで通算400勝投手の金田正一さんの名前を問われ『金村さん』と答えたと話題になりました。また、かつて広島などで名将と言われた古葉竹識さんが東京国際大学監督に就任し「打倒・斎藤佑樹」を掲げたとき、当の斎藤投手は「古葉さんって、どなたですか?」と言ったそうです。
歴史を勉強し大切する雰囲気がないいから、規律が乱れる。ガムをくちゃくちゃかんだり、ユニホームをみっともなく着る選手ばかりが目立ちますが、どうして『おかしい』と物申す指導者が少ないのか。
夕刊フジは、40年の歴史を背負いつつ毅然として正論を書く、そういう媒体であってほしいと思います。
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望月三起也氏
夕刊フジには『蹴球七日』という漫画を連載させてもらったが、印象に残っているのは、『サッカーバル』という対談(※編集部注・望月氏がホスト役を務め、のちに元日本代表MF水沼貴史氏、コント山口君もダブルホスト役で登場した)。Jリーグ開幕直前から始めた、今までにない最高の企画だった。
ラモスに始まり、柱谷哲二(ともに当時ヴェルディ)、加茂さん(当時日本代表監督)ら大物が出てくれた。単なる対談じゃなく、バル(洋風居酒屋)というタイトル通り、サッカー談義で酔って、読者も酔わせた。僕は酒を飲めないんですけどね。
彼らはプロ意識が強く一流なんだけど、庶民レベル、庭先まで下りて談義に応じてくれた。選手も喜んでくれたし、サッカーへの理解も広まった。サッカー好きの一人として(サッカー界に)貢献できたことはうれしかったですね。ヒット企画だと今でも思います。
本業である漫画の連載は、けっこう難しかった。新聞紙面を使ったストーリー漫画は初めてでしたからね。締め切りにも苦労しましたが、女性を描くのに編集担当者に下着のパンフレットを集めてもらったりね。まさに二人三脚で連載しました。
夕刊フジ創刊40年というのは、すごいことです。これからも、ここまで書いていいの、というぐらい主義主張を出して、もっと過激に、とことんやってほしい。



