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『岩倉具視』永井路子著 (文芸春秋・1600円)
鎌倉幕府を描いた直木賞受賞作『炎環』のあとがきに、著者は「一台の馬車につけられた数頭の馬が、思い思いの方向に車を引っ張ろうとするように、一人一人が主役のつもりでひしめきあい傷つけあううちに、いつのまにか流れが変えられてゆく(後略)」と書いた。以来、四十数年永井路子さんは、この主題を抱えて生きてきた。「かれこれ100冊も書いたし、これでもう引退です」という永井さんのいわば“遺言書”がこの評伝『岩倉具視』である。
したがって下級の公家から、権力の中枢にのし上がった岩倉具視も、坂本竜馬、西郷隆盛、大久保利通同様、「(思う)方向に車を引っ張ろうとする」群像の一人として描かれる。
読んで、小林秀雄が戦後の座談会で語った「この大戦争は一部の人達の無智と野心とから起ったのか、(中略)。どうも僕にはそんなお目出度い歴史観は持てないよ。僕は歴史の必然性というものをもっと恐ろしいものと考えている」という言葉を思い出した。
副題が「言葉の皮を剥きながら」。
「戦前戦中に氾濫した大東亜共栄圏、八紘一宇、聖戦完遂などという言葉は敗戦で姿を消しました。聖戦のためには死ね、という時代ですからね。戦後はその反動で、生だけが大事になって、地球より重し、なんて言ってますけどね」
「しかし、同じ頃、米英に対する敵対意識からよく聞かされた尊皇攘夷といった明治維新の言葉は、まだ消えていません。いまでも略して“尊攘派”などと使っている歴史家がいます」
尊攘派の代表のように扱われている水戸藩主、徳川斉昭の攘夷は幕府いじめのキャッチフレーズ、尊王も「反幕という言葉の言い換え」という。
「薩英戦争、馬関戦争の敗北で、薩長とも、攘夷なんてできないことはわかっています。彼ら反幕派が担いだ孝明天皇にしても一本調子の攘夷主義者でないことは『孝明天皇記』を読んでいくとよく分かります」
権力は幕府、権威は幕臣に官位を与える朝廷という「ユニークな政治構図」が、孝明天皇のときは一変、国内の対立に加え、歴代天皇が数百年来経験しなかった国際問題に直面する。
軍部の強硬姿勢に悩まされていたという昭和天皇を何やら思わせる孝明天皇が、頼りにしたのが近習(きんじゅ)の岩倉だった。将軍・家茂への和宮降嫁を公武合体とからめて積極的に提言する。
「何で軽輩の彼が、という疑問が今でもありますが、天皇の寵姫だった堀川紀子は、岩倉の実妹なんです。これまでの歴史は彼女の存在を軽視していますが、彼女がいなければ、岩倉は出世できなかったと思いますよ」 その後、岩倉は失脚を繰り返すのだが、それにもめげず、閉居中にも情報を集め、意見書を書きまくるエネルギッシュな人間性が興味深い。
ところで、史料を厳密に読み込んで歴史の盲点を突く永井さんが、江戸時代のキーワードとしてあげているのが辞書にも解釈がない「手入れ」という言葉。
「いまでいうと贈賄ですが、常識的な社交儀礼がないまぜになっていて、罪悪感は今より薄い。これなしには江戸時代は語れません。いまの日銀総裁問題も手入れがなかったんじゃないですか」と永井さんは笑った。
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ながい・みちこ
本名黒板拡子。1925年、東京生まれ。64年、鎌倉幕府を題材にした『炎環』で直木賞。82年『氷輪』で女流文学賞、84年、菊池寛賞、88年吉川英治文学賞。『永井路子歴史小説全集』全17巻(中央公論新社)がある。

