この記事を読む方におすすめの記事
今!気になるレビュー
「江戸幕府が築いた」地下に眠るミステリー
本日は、大東京の地下にミステリーが眠っているというお話。一説によると、東京の地下には江戸時代から幕府の軍事用トンネル網があり、明治から昭和初期にかけて拡充され、その一部が現在の地下鉄に転用されたという。疑惑の目で地下鉄に乗ると、たしかに奇妙な場所がチラホラ。“秘密トンネル説”も単なるトンデモ話とは思えなくなるのだが…。
ジャーナリストの秋庭俊氏は東京の地下について長年研究を続けている。これまで「帝都東京・隠された地下網の秘密」(洋泉社)、「新説・東京地下要塞」(講談社)、「大東京の地下鉄道99の謎」(二見文庫)などの著書で秘密トンネルの存在を指摘してきた。
古文書と古地図を独自の観点から読み解いてきた秋庭氏。同氏によると、トンネル網は江戸幕府が街の整備に合わせて築いてきたという。江戸幕府の開設は1603年なので、400年以上前から建設が進められていたということになる。しかし、それを説明する秋庭氏は妙に冷静だ。
「それほど驚くことではありません。トンネルを掘るというと大変な工事のようですが、実際には長い屋根付き廊下のようなものを建て、その上に土をかぶせたようです。つまり、江戸の街は地下トンネルの上に築かれた『2階』にあるということです」
では、なぜ地下トンネル網を作ったのか。
「17世紀の西洋では砲台を使った戦術が確立していたのですが、その核となったのが砲台や弾薬、兵隊の移動に用いる地下通路の整備でした。一方、江戸は徳川幕府にとって、江戸城を中心にした軍事拠点です。そこで、街全体を巨大な要塞に見立てて地下網を築いた、と考えられます」
この砲術を伝えたのがオランダ商船「リーフデ号」によって日本に漂着し、後に徳川幕府の外交顧問になったオランダ人のヤン・ヨーステン、イギリス人のウィリアム・アダムス(三浦按針)だという。こうして、室町時代の武将・太田道灌によって築かれた江戸城は、徳川幕府によって城下町を含めた巨大要塞へと変身したのだ。
トンネル網を示した都心部の地図をご覧いただきたい。トンネルは現在の国会議事堂付近から外に向けて伸びた“放射状トンネル”と、それらをつないだ“環状トンネル”により、クモの巣のように広がっている。
その中心は有事の前線基地に想定された徳川家重臣の屋敷跡で、明治時代には貴族院議長の公邸だったという。江戸時代に整備されたのは環状トンネルの中心から2周目までで、その外側は明治になってから首都防衛のため新たに整備され、古いトンネルはコンクリートで補強されたようだ。
国家は軍事を最優先する。1927年には民間初の地下鉄が開業したが、いずれも軍事用トンネル網を避けて築かれてきたと秋庭氏は推測。「しかし戦後には軍事用トンネルは不要になり、一部が民間の地下鉄路線に転用された」と言う。
その説と奇妙な一致を見せるのが、都営大江戸線だ。別表のように、大江戸線の各駅はかつての軍事に関する施設を結んでいる。もしも、このトンネルが戦前からあったとすれば、きわめて便利な軍事用の連絡トンネルと考えられる。
このトンネルの老朽化が進んだことから、補強を兼ねて大江戸線を仕立て上げた―と考えるのはどうだろうか。実際、大江戸線の建設計画は突然浮上し、いまさらこの地域、この深さに地下鉄が必要だろうかと首をかしげたくなる路線ではある。
もっとも、東京都交通局は「話としては面白いですけれど、それはないですね。40メートルより深い場所を通っている区間もあり、技術的にも考えられない」と否定した。しかし、秋庭氏は「深い地下に直接トンネルを掘っていくシールド工法用の建設機械は、すでに大正時代にはあったと考えられる。かつては通路だったか、あるいは物資や人をトロッコで運んでいたのではないか。私は都交通局の関係者から『大江戸線は昭和の宿題を平成で解決した』と聞いたことがある」と反論する。
大江戸線のほかにも、東京都内の地下には“何か”を避けているような不思議スポットが多数ある。見慣れた通勤路に疑問の目を投げかけて楽しんでみてはいかがだろうか。
-----------------------
【大江戸線の駅とかつての施設】
駅名 施設名
「六本木一丁目」 陸軍駐屯地
「汐留」 貨物ターミナル駅
「築地市場」 海軍経理学校
「月島」 造船所
「清澄白河」 官営セメント工場
「両国」 陸軍被服廠
「後楽園」 陸軍造兵廠東京工廠
「青山一丁目」 陸軍大学校
「光が丘」 陸軍成増飛行場
-----------------------
東京駅
かつて「東京地下駅」と仰々しく呼ばれたJR東京駅の地下5階にある総武・横須賀線地下ホームへは、閑散とした地下4階を通っていく。トイレぐらいしかない“無駄”な空間だが、壁の向こう側には何が? 国鉄最貧期の40年前にわざわざ着工された巨大な地下不思議空間だ。
御徒町駅
1990年1月、JR御徒町駅高架下の道路が突然大きく陥没した。原因は新幹線トンネル工事のミスとされたが、秋庭氏は「後に都営大江戸線に流用されるトンネルが老朽化で崩れたのではないか」とみる。いわれてみれば大江戸線の建設計画は、陥没事故の後に急展開した気もするが…。
西馬込駅
都営浅草線の西馬込駅は改札口をくぐってから階段を下り、さらに階段を上ってホームにたどり着く。何を避けているのか分からないが、実に不自然な構造。ホームの壁のコンクリートも妙に古臭い。1968年の開業よりずっと前からあったのでは、と思わせる。
溜池山王駅
駅から地上へ出るには必ずいったん下へ行かなければならない東京メトロ銀座線の溜池山王駅。駅の上に避けなければならないような秘密の空間があるのか?
五反田駅
五反田はJR山手線の駅の真下に都営浅草線の駅がある。秋庭氏によると「重たい駅の真下に後からトンネルは通せない。先にあったトンネルの上に駅を造ったと考えられる」。山手線・五反田駅の開業は1911年だから、100年近く前には都営浅草線のトンネルがあったということに。


