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阿川佐和子著『婚約のあとで』(新潮社・1680円)
阿川さんがまだ学生の頃、産経新聞の記者だった私は父君、弘之氏の連載担当でせっせと家に通った。
時おり、遅くなると父君が「佐和子、送ってあげなさい」とのたまう。駅からわずか3、4分の距離である。彼女はほとんど無言でハンドルを握り、恐縮した私は駅の前で焼き芋を買ってあげたことがある。
30年後、口八丁手八丁の熟女となり、小説家になった彼女と一緒に、遠藤周作氏をしのぶ公開座談会に出たときのこと。「あなたは遠藤夫人に車で送られたとき焼き芋を上げて怒られたでしょう」と言う。酔った私は夫人にお小遣いを上げます、とお金を差し出し、助手席の周作氏に巻き上げられたことはあるが、焼き芋を上げたことはない。
「焼き芋はあなたの方だよ」と言ったら、きょとんとして黙り、私はその晩「貴女は忘恩の娘です」とメールを送った。
忘恩の彼女だが、この小説には感心した。これまでも巧かったが、いささか小づくりだったのにくらべ、これはスケールも大きく結構のしっかりした本建築の感がある。
晴れて婚約したのに迷う波と、恋人がいたのに父の親友だった年長の男性への不倫の恋に走る翠の姉妹をはじめ7人の女性を描く。一見、オムニバス風だが、それぞれに関連して話が進むという手の込んだ構成。
出てくる男たちがみな善人なのが少し気になるが、何より愛と性、家庭と仕事における新しい女性像と、複雑な心の揺れを微細に、時にユーモラスにとらえて見事である。直木賞候補になってもおかしくない。(金田浩一呂)




