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桜井鉄太郎「ユメの行方」第2章―第31回

<1977.03.25 シャングリラレコード本社>
yume20080504.jpg トキオの願いはついに叶った。この数カ月、企画書書きから始まってテープオーディション、アーティスト面接、レコード会社巡り、そしてとうとうviva nonレーベルの発足にまでこぎつけた。
 秋山圭一プロデューサーの指導のもと、トキオは新米レコード制作者の道に踏み込めたわけだ。5社ほどのレコード会社を企画書を手にまわり、最終的には業界で売上No.1を誇っていたシャングリラレコードが手を挙げてくれて契約の運びとなった。

 飛ぶ取り落とす勢いのアイドルデュオ『mink berry』を擁するこのレコード会社は、トキオのような若造の夢物語を大人の余裕で現実化してくれたのだ。
 1月末に契約締結。年間4タイトルのアルバムをviva nonが発掘したアーティストでリリースするというレーベル契約だ。トキオの夢はふくらんだ。ただ、あくまでレーベルオーナーは龍さんだ。最初のリリースアーティストは自分が選ぶと龍さんが宣言した。
 「トキオの趣味でレコード作ったって売れるわけがねえ。俺の嗅覚にかけてみろ。わかったな!」と言うや否や、お気に入りらしい若者を従えて、viva nonレーベル第1回会議に龍さんは自信満々で現れた。
 どこかで見た顔だと思ったら西荻viva nonの店員のサブだ。「こいつの声は売れ線だぞ。さだまさしを越える逸材だ。出身も長崎だしな。よし決定! こいつでviva nonレーベルは勝負に出る」
 とりつく島もない、とはこのことだ。秋さんに助け舟を出してもらおうと横目でようすをうかがっていたら、なんと秋さんまで龍さんに賛同してて「サブちゃんはいい声してますよね」などと言っている。
 トキオもサブとは仲良くしていて歌い手志望だってことはわかっていたが、レーベルの第1弾に彼のような叙情フォークをもってくるのはためらいがあった。しかし決定権はオーナーの龍さんにある。
 「まずは龍さんの顔を立ててやってサブのアルバムを全力で制作してごらん、トキオ。やりながらいろいろ覚えていって、第2弾はかっこいいことやろうよ。バックアップするからさ」
 秋さんにこう言われちゃあ従うしかない。よくよく考えるとサブの声は売れるかもしれないと思えるようになってきた。仲良しのベーシスト、マー坊こと六田正雄にセッションリーダーになってもらい、記念すべきトキオの初ディレクター作品は、10日間にわたって新宿の御苑スタジオでとり行われた。
 信頼している仲間に囲まれて想像よりもはるかにスムーズに録音は進行していった。たまに差し入れを持って顔を出す龍さんもプレイバックを聞きながら満足そうな笑みを浮かべている。秋さんも「ジェシ・コリン・ヤングみたいで、かっこいいじゃん!」などと褒めそやしてくれる。
 トキオはなんだかいっぱしの音楽プロデューサーになったような気がして浮き足立っていた。3月10日、アルバムはいよいよ完成しシャングリラレコードの編成会議でトキオは記念すべきviva nonレーベル旗揚げの意義と、サブこと平林三郎のデビューアルバムのプレゼンを一席ぶつことになる。
 やや天狗になっていたトキオの鼻っ柱をこの会議場で見事に叩き折ったのはシャングリラレコードの宣伝マン、川中賢治だった。
 トキオの演説を突然さえぎると「もうできちゃったものにとやかく言ってもしょうがないけど、僕がviva nonに期待していた音楽はこんなんじゃない」
 会議は騒然とした雰囲気に包まれた。オブザーバーで参加していた秋さんがうまくフォローしてくれて何とかセレモニーは終了したが、トキオの心は穏やかならざるものがあった。龍さんはカンカンになって頭から湯気が出そうだ。
 気まずい感じで会議室を出ると秋さんの提案で川中、トキオ、龍さん、秋さんとでティールームでミーティングをもつことになった。血の気の多い川中もいまは冷静になってviva nonサイドの人間に向き合っている。
 龍さんの怒りはまだ収まってなかったが、トキオは川中と握手して和解した。川中が言うことももっともだと理解していたからである。ティールームから出てトキオは1人で川中の後について宣伝部にあいさつかたがた顔を出した。
 もともと制作志望の川中のデスク廻りは数多くのデモテープでとっちらかっている。何気なくその中の1本をトキオが手に取ると、川中は鬼のような顔をして阻止してきた。
 「駄目だよ、そのアーティストのテープに触っちゃ!」
 ラベルには「今泉えみかライブテープ」と川中の汚い字で書いてあった。本能的にトキオは気になってそのカセットを帰るときにそっと川中に内緒で拝借してきてしまった。
 早速、その足でトキオは南青山の秋さんのオフィスに向かい、到着するや否や、かかっていた秋さんの大好きなジェシ・コリン・ヤングのアルバムを止め、すぐさまデッキに例のテープをセットし、プレイバックした。
 すると秋さんの顔色がみるみる変化し、トキオの体を乱暴に揺すると「トキオ これは誰だ、誰なんだ!」といつもの冷静さは何処へやら、すっかり興奮して叫んでいた。そして…。
<この項 つづく>

BACK GROUND MUSIC : Song For Juli /JESSE COLIN YOUNG

[登場人物]
幾田トキオ(24歳):viva nonレーベル制作担当
秋山圭一(31歳):viva non レーベル顧問
矢野龍(33歳)viva non オーナー
川中賢治(27歳):シャングリラレコード宣伝マン
六田正雄(26歳):ベーシスト、トキオの親友
平林三郎(25歳)viva nonレーベル第1弾アーティスト

【この連載について】
 1974年、まだJ―POPなどと呼ばれていないころの日本の音楽シーン黎明期。主人公・幾田トキオは音楽業界人としての第一歩を歩み始めた。以来30数年、さまざまな場所・局面で出会った個性あふれるミュージシャンや業界人らとの交流を小説仕立てで綴る“ドキュメントフィクション”。執筆者は音楽ユニット「Cosa Nostra(コーザ・ノストラ)」などを手がけるミュージシャン・音楽プロデューサーの桜井鉄太郎氏。同氏のブログは桜井鉄太郎.jp

投稿日: 2008年05月04日

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