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桜井鉄太郎「ユメの行方」第2章―第34回

<1977. 05.10 シャングリラレコード ロビー>
yume20080525.jpg えみかとの交渉ごとが何とかうまくいったものと思い込み、胸を撫で下ろしていたトキオのもとに、シャングリラレコードの川中が突然怒りの電話をしてきた。
 すぐさま呼び出されたトキオはシャングリラレコードのロビーに何はともあれ急行した。あいにく、頼りの秋さんは名古屋出張で不在だ。顔を赤鬼のように紅潮させて川中は待ち受けていた。

 「トキオクン、僕があれほど言っておいたじゃないの、えみかには手を出すなって」
 「そんなこと言ったって秋さんの彼女に対する思い入れがあまりにも強烈で止めようにも止められなかったんだよ」と秋山に罪をなすりつけるトキオ。
 「とにかく、今日これからえみかがここに来るから、あらためてこの間の話を白紙撤回してくれ」
 川中がそう話しているところに、えみかがあっけらかんとした笑顔で登場した。
 「どうしたの? 2人とも硬い顔しちゃって。ハンサムが台無しだぞ」などと軽口を叩いてくる。
 「えみか、はっきりと言った方がいいぞ、レコーディングなんてやらないって。気が進まないって、こないだ言ってたじゃないか」
 「うん、でも気が変わっちゃった。秋山さんがとても熱心に誘ってくれたし、なんか1回くらいレコーディングってものに挑戦するのもいいかなって。それとバイト料も入るしね。でもこれ1回こっきりで別にプロの歌手になろうなんて、さらさら思ってないから」
 そうまで言われると川中も引き下がらざるを得ない。
「でも、どうしてそんなに今回の話に川中さんは異議を唱えてくるの? そこんとこが理解できないんだなあ」
 トキオはストレートに疑問をぶつけてみた。そうすると川中は思いのたけを延々と2人にぶつけてきた。要するに、自分が今の宣伝マンの立場から制作担当になる日がきたら真っ先にえみかを川中自身の手でプロデュースしたかったと。それが鳶に油揚げをさらわれるかのように秋山に持っていかれるのが悔しくてたまらなかったらしいのだ。
 「なんだ、そんなことで反対してたんだ。どっちにしても私はこの企画やり終えたら音楽編集者になっちゃうんだからさ、川中さんもこのプロジェクトに制作者として加わればいいじゃん。ねえトキオさん、いいでしょ?」
 えみかにそう言われればいいも悪いもない。たぶん秋山も川中の参加には異存はないだろう。トキオは自分からこのプロジェクトに協力してくれるよう川中に握手を求めた。
 こうして難題は取り除かれ、『えみかレコーディングチーム』はなんとか船出にこぎつけた。トキオはあくまで先輩の川中の顔を立て、楽曲コンセプトのイニシアティブを彼に譲った。もちろん秋山のチェックはあるのだが、川中が翌々日早くも完璧なプランをもって秋山のオフィスに現れたのにはトキオも度肝を抜かれた。
 なんともう曲のスケッチができ上がっていたからだ。
 カセットデッキにデモテープをセットしながら自信に満ちた笑みを浮かべ,秋山とトキオの様子を川中は慎重にうかがう。予想に反してサウンドはえみかの得意なアメリカンポップではなく憂いを帯びたブリティッシュトラッドを思わせる佳曲だった。トキオは川中のセンスに脱帽した。秋さんも満足げだ。
 「よし! これをダムエンジェルスの矢田守ちゃんにアレンジしてもらおう」
 すぐさま秋さんが反応して具体的なアイデアを出してきたことに川中はしてやったりといった風情だ。とにかく具体的に『えみかプロジェクト』は動き出した。この時点ではまだ、これから「今泉えみか」が日本のポップシーンを代表するシンガーになるだろうとは秋山をはじめ誰もが予想だにしなかった。
 オフィスを出て会社に戻る川中を見送った後、トキオは秋山に誘われて青山のVAN99ホールに向かった。今夜はここで名古屋を代表するバンド「ノックミーアウト」がライブをやる。トキオも大好きなバンドだ。解散してしまった「sweet money」と並んでカッコいいコーラスワークに定評のあるアメリカンロックのグループだ。
 秋山は「えみかプロジェクト」のもう1曲を彼らに任せるつもりらしい。楽屋口から中に入るとリハーサルが終わった直後らしく、メンバーはおのおのくつろいでいた。
 メンバーはえみかのことはもう認識しているらしく、トキオにいろいろと名古屋弁で質問してくる。ほとんど同世代のトキオはとりわけ彼らとはウマが合うようだ。
 そろそろ客入れの時間になり、場内で何のレコードをかけるかでメンバー全員がアーでもないコーでもないとカンカンガクガク言い合っている。結局、ギターヴォーカルの卓夫の意見がとおり、『ザ・バーズ』の「ロデオの恋人」をかけることに。場内にはデビッドクロスビーのスモーキーなヴォーカルが空気をあたため始める。
 こうしている間、秋さんはリーダーの吉井さんと「えみかプロジェクト」のレコーディング打ち合わせを始めていた。トキオはメンバーのスケジュールをマネージャーの滝ちゃんと調整しながら録音スタジオの押さえに着手する。
 やっと本格的なレコーディング実務を押し進めているという実感を得られたトキオは、えみか以外の女性アーティストのスカウトにも手をつけなくてはならなかった。それこそ分刻みの予定がノートをあっという間に埋め尽くした。
 でも、それはある種快感でもある。トキオは初めて音楽を作っているんだという充実感を今まさに全身で体感しているのであった。そんなときなにげなく送られてきた1本のデモテープがまたしてもトキオの心を突き動かすことになるのだが…。
<この項 続く>

BACK GROUND MUSIC :ロデオの恋人/The Byrds

[登場人物]
幾田トキオ(24歳):viva nonレーベル制作担当
秋山圭一(31歳):viva non レーベル顧問
今泉えみか(23歳):慶応大生、奇蹟のシンガー
川中賢治(27歳):シャングリラレコード宣伝マン
中山卓夫(24歳):「ノックミーアウト」のvocal
吉井信道(27歳):「ノックミーアウト」のリーダー
滝内良美(26歳):「ノックミーアウト」のマネジャー

【この連載について】
 1974年、まだJ―POPなどと呼ばれていないころの日本の音楽シーン黎明期。主人公・幾田トキオは音楽業界人としての第一歩を歩み始めた。以来30数年、さまざまな場所・局面で出会った個性あふれるミュージシャンや業界人らとの交流を小説仕立てで綴る“ドキュメントフィクション”。執筆者は音楽ユニット「Cosa Nostra(コーザ・ノストラ)」などを手がけるミュージシャン・音楽プロデューサーの桜井鉄太郎氏。同氏のブログは桜井鉄太郎.jp

投稿日: 2008年05月25日

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