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瀬名秀明「イヴのみる夢」(31)-骨伝導で語学学習や音楽を堪能
外資系に勤める音楽好きのMさんは、右のこめかみに小さなシールを貼って通勤する。朝のラッシュアワーはどこもかしこも騒音だらけだが、このシールのおかげでMさんは語学教材の朗読をクリアに聴けるし、音楽を楽しむこともできるのだ。
このシールは無線で配信される放送を受信して、鼓膜ではなく骨を直接震わせることで音にする。耳を塞ぐわけではないので駅構内のアナウンスにも注意が向くため安全なのだ。イヤホンのコードの煩わしさから解放されるのも心地よい。
数年前から骨伝導の仕組みを使った携帯電話やヘルメット型ヘッドセットが販売されている。これらは骨の振動を内耳の蝸牛といううずまき状の部分に伝えて、鼓膜を振動させたときと同様の聴覚を発生させるのだ。蝸牛は鼓膜や骨の物理的な動きを電気信号に換えて、脳に伝える場所なのである。
音楽家ベートーベンも晩年にはピアノの振動を直接自分の歯に伝えることで音を聞いていたそうで、耳に障害を持つ人にとっては聴覚を取り戻す大切な方法なのである。電話のように双方で会話をやりとりするには骨伝導型だと使いにくいかもしれないが、語学学習のようにただ音を聞くだけなら充分に性能を発揮するはずだ。将来はMさんが使うシールのように、ぺたりと貼るだけで利用できるかもしれない。
話はこれだけではない。東北大学の和田仁教授のグループは、工学の視点でこの蝸牛の働きに迫ろうとしている。蝸牛の中には特殊な細胞があって、これが伸び縮みすることで聴覚の感度が高くなる。どのようにしてこの細胞は伸び縮みしているのか、その機構を調べることで耳の疾患の治療に役立つし、いまよりもっと高性能な人工内耳をつくることもできるだろう。
耳の内部はまさにナノテクのかたまりで、小さな骨がいくつも複雑に作用し合っていて観察も難しい。いかに治療や生活の豊かさに役立てるか。生命科学と工学の挑戦が続く。
いちばんサイボーグ技術に近い臓器、それが私たちの耳なのである。
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せな・ひであき
小説家。1968年静岡県生まれ。96年東北大学大学院薬学研究科(博士課程)修了。95年、大学院在籍中に執筆した「パラサイト・イヴ」が日本ホラー小説大賞受賞、155万部のベストセラーに。主な著書は「デカルトの密室」 「ハル」など。
■瀬名秀明「イヴのみる夢」
(30)体格と性格の相関をメタボ対策に応用
(29)お菓子感覚でキッズサプリ
(28)ご飯のお供にワクチンふりかけ
(27)歩くだけで5ワット! 人体発電機
(26)ミトコンドリア・ダイエット
(25)肥満解消に魔法の弾丸
(24)脳に埋めたチップが支援
(23)遺伝子操作で神経回路オン・オフ
(22)細胞をプリンターで印刷
(21)家禽の遺伝子改変で抑制も
(20)脳を活性化するサービス
(19)日本語は感染症予防に効果的!?
(18)心の痛みに効く処方
(17)“予知”能力もトレーニングできる
(16)「ゆらぎ」を活用する生命
(15)標識付きウイルスで伝播追跡
(14)父親から受け継ぐ「寿命の回数券」
(13)人類のⅠ型糖尿病も同じ!?
(12)「し忘れ」と「し間違い」の脳科学
(11)体外離脱でメンタルヘルスケア
(10)仮想空間で運動障害をリハビリ
(9)「アルツハイマー病予防で残りの人生謳歌」
(8)「ロボットと運動する楽しさ」
(7)「ペットが分身に?」
(6)「オヤジ臭さ」撃退!
(5)「人間の脳と機械の体を"融合"」
(4)「自分の脂肪でケータイ充電」
(3)「自分の一部を機械が操作」
(2)「ゲノム情報を読み取る」
(1)「ミトコンドリア占い」


