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清丸惠三郎「企業戦略ウォーズ」ミサワインターナショナル(上)
3年ほど前のことだ。知人の元『フォーブス』誌東京特派員ベンジャミン・フルフォード氏の出版パーティーで、懐かしい顔を見つけた。その風貌は確かにミサワホームの創業経営者、三澤千代治さんに間違いなかった。しかし記者が話しかける暇もなく、いかにも手持ち無沙汰といった感じで会場を一周すると、氏はあっという間に姿を消してしまった。ミサワ時代のはつらつとした印象とは遠く、ひどく元気のない感じだったのが心に残った。
そのころ別の知人が、三澤氏が創業したミサワホームから否応なく退かざるを得なくなった経緯をノンフィクションにまとめ始めており、部分的に聞かされた日本経団連会長や金融担当大臣らが次々と登場するおどろおどろしい話は、政治と経済の接点における信じがたい暗黒をうかがわせた。逆に、あまりにも話がどろどろしすぎていて、いささか信じがたい気がしたのも事実である。
三澤氏はそうした中でもみくちゃにされ、くたびれ果てているのだろうというのが、記者がそのときに思ったことであった。ましてや自分が創業した会社を追い出される無念さは、想像するに余りある。
だが昨年暮れ、新宿西口に建つ第一生命ビルで会った三澤氏の顔つきは、3年前の印象とはまったく変わっていて、多くがふっ切れたようで覇気がみなぎっていた。
三澤氏の名刺には「HABITA」とアルファベットの大文字が連ねられ、そのあとに「MISAWA International」と記されていた。肩書は「代表取締役」である。「HABITA(ハビタ)」というのは、英語の「ハビテーション」からとった、三澤氏が本拠としている会社ミサワ・インターナショナルの新しい住宅商品ブランドである。
実はその数日前、ある全国紙に全面カラーのあか抜けた「HABITA」の広告が掲載され、三澤氏が新事業を本格的にスタートさせたことを知り、それで会いに行ったのである。「住宅事業」という本業に立ち戻って再スタートを切ったことで、三澤氏自身もやる気と元気を取り戻したに違いなかった。そしてここに来て、ますますその元気度はアップしていると言っていいだろう。
新しい住宅商品に、三澤氏がなぜ「HABITA」と名付けたかを、そこでまず書いておこう。というのも、常に「時代に合ったことをやる」をモットーとしてきた事業家、三澤氏の熱い挑戦心と着眼を見て取ることができるからである。
「ミサワホームが設立される前の住宅会社はハウスと付けるところが多かった。つまりメーカーは住宅のハードウエアを売ることを考えていた。しかしミサワはそうでなく、ホーム、つまり家族を形成するソフトウエア、つまり家庭を提供したいと考えました」
三澤氏は続ける。
「では翻って現代の家には何が大事なのだろうかと考えた。住宅だけでなく、求められているのは本当によく考えられているという意味での本物性だ。本物の住宅ということになると、まず長持ちすること。親が子に譲り、さらに孫が住める、つまり古民家のようなというか、現代における実家というとらえ方もできる。欧米の木造住宅も基本はそこにある。そうした長く住み継いでいける住宅を提供したいということで、ハビタと名付けたのです」
すでに住宅業界の一部でも「100年住宅」が構想され始めていた。戦後の日本の住宅は30年ほどで取り壊されることが多く、ごく短命だった。しかしそれでは、資源・エネルギー・コストなどさまざまな面で無駄が多いという反省が出ていたのである。
しかし、三澤氏は欧米の住宅や日本の古民家などを見てまわり、その上を行く「200年住宅」を構想していた。そこに2007年5月、自民党住宅土地調査会から「200年住宅ビジョン」が発表され、しかも会長だった福田康夫氏が総理大臣に就任、三澤氏の前にビジネスチャンスは大きく手を広げたのである。
06年5月に、「HABITA」ブランドを策定、その年秋から一部着工し始めていたが、こうした状況を見て、三澤氏は大きく打って出ることを決断する。07年10月に本格的なお披露目を行い、ここに不倒翁のように三澤氏の住宅産業への再挑戦が始動したのである。 (経済ジャーナリスト)
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三澤千代治氏は、言うまでもなく住宅大手ミサワホームの創業者。1938年新潟県十日町市生まれ。日本大学理工学部を卒業後、67年ミサワホームを設立、4年後の71年に上場。史上最年少の創業社長による上場ということで話題になった。
アイデアマンとして知られ、カリスマ経営者としても有名だった。しかしバブル期のリゾートその他への過剰投資により、ミサワホームは民事再生法適用に追い込まれ、三澤氏は手塩にかけた同社を離れざるを得なくなる。
現在は2003年に設立したミサワ・インターナショナルを拠点に、「HABITA」ブランドの拡販に全力を注ぐ。目指すは「2年後、最年長の創業社長としての上場」である。
■清丸惠三郎「企業戦略ウォーズ」新しい出発(1)USJ(上)
■清丸惠三郎「企業戦略ウォーズ」新しい出発(2)USJ(中)
■清丸惠三郎「企業戦略ウォーズ」新しい出発(3)USJ(下)
