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桜井鉄太郎「ユメの行方」第2章―第35回
<1978. 06.25 シャングリラレコード第2スタジオ>
viva nonレーベル第2弾『viva non jam vol.1』のレコーディングも佳境を迎えていた。前作と打って変わって,シャングリラレコードの誇る最新鋭のスタジオを惜しげもなく長時間使っての録音はこの1カ月というもの連日のようにトキオの指揮のもと行われていた。
今回はオーナーの龍さんも一切口出ししないという約束のもと、トキオがセレクトした6人の歌姫たちをバックアップして、viva nonをフランチャイズにしている精鋭ミュージシャン総勢50人あまりが参加する一大セッションアルバムなのだ。
『今泉えみか』をはじめ、ローラニーロを彷彿とさせるピアノ弾き語りの『津島はるか』、越前屋バンドでリードボーカルを務める『高島牧子』、中堅フォークシンガーの『吉村良美』、リトルダイナマイトソウルの『上田五月』、情念のロックウィドウ『大嶋静香』というバラエティーに富んだDIVAを発掘してきたトキオは、いまや有頂天になってレコーディングに没頭していた。
猪突猛進とはトキオのためにある言葉だと誰もが思い始めているほど不眠不休で脇目もふらず制作者としての道を突き進んでいた。
もちろん、秋山の助言やミュージシャンたちの的確なアドバイスに助けられていた面はあったにせよ、『viva non jam vol.1』は前作と打って変わって実に『ライブハウスviva non』の今を体現した力作に仕上がりつつあった。
やはり中でも、えみかの存在感は群を抜いていて、噂を聞きつけた他のレコード会社の人間も見学に来るほどだった。とくにCICレコードの若きディレクターで「大間冴子」を担当する宮本はとりわけ、えみかにご執心で、いつもスタジオのコントロールルームでシャングリラの川中と火花を散らしていた。
おまけにトキオにも猛烈な対抗心を燃やしていて公然と「えみかはCICがもらった」などと漏らしている。秋山と妙に仲が良さそうなのもトキオにとっては気になるところだが、なにせえみかはプロになる気はないと公言しているのだから、宮本の付け入る隙はないはずなのだが…。
レコーディングが9割がた終わろうとしていたとき、トキオのもとにシャングリラスタジオのアシスタントがスタジオ伝票の束を持ってきて言った。
「トキオクン、もうこんなにスタジオ伝票がたまってるんだけどviva nonさん、ちゃんと払えるの?」
トキオは渡された伝票を見て愕然とした。
「なんだと、250万円!?!?」
愚かなことにトキオは、viva nonレーベルはシャングリラ内のレーベルだから無料とは言わないまでもこんなにキチンとカウントされているとは夢にも思ってなかったのだ。なにせ総予算限度額は200万円なのだから、これにあとミュージシャンのギャランティが加わったら、おそらく400万円は大幅にオーバーしてしまうだろう。
鬼のような形相のオーナーの龍さんの顔が脳裏をよぎる。
「ええい、ままよ!」
こんなときトキオは後ろを決して振り返らない馬鹿なのだ。とにかく無事に今回のレコーディングをフィニッシュさせ、クォリティーの高い中身を聞いてもらえれば、予算オーバーなんて目をつむってもらえるだろうとタカをくくっていた。
前評判の高かったえみかと並び、トキオが最も力を入れていたのがピアノを自由自在に操りながら自ら作詞作曲をしたリリカルなブルーアイドソウル調の唄を弾き語る「津島はるか」だった。もっともコマーシャリズムを一切排した彼女の作風はなかなか理解されがたく、龍さんなどは他の歌い手と差し替えろなどと言っているのだが。
とにかく6人の女の子をいちいちケアするのはトキオ1人では大変なわけで、Mr.フェミニストの秋さんの力を頼ることになる。
全員の唄入れが完了した夜、秋さんがポケットマネーで女の子6人全員とトキオを原宿のオシャレなイタリアンレストランに招待してくれた。こんな芸当は当然、若造のトキオには到底できない。店内にはお店の人の計らいか、秋さんの大好きな『Van Dyke Parks』の「Song Cycle」がアブストラクトなムードを醸し出していた。おいしい食事に一同舌鼓をうっているさなか、えみかが突然爆弾発言を投下した。それは――。
<この項 つづく>
BACK GROUND MUSIC:Song Cycle / VAN DYKE PARKS
[登場人物]
幾田トキオ(24歳):viva nonレーベル制作担当
秋山圭一(31歳):viva non レーベル顧問
今泉えみか(23歳):慶応大生、奇蹟のシンガー
川中賢治(27歳):シャングリラレコード宣伝マン
宮本繁之(28歳):CICレコードディレクター
津島はるか(21歳):シンガーソングライター
吉村良美(25歳):フォークシンガー
大嶋静香(24歳):情念のロックウィドウ
高島牧子(22歳):越前屋バンド ボーカル
上田五月(20歳):リトルダイナマイトソウル
【この連載について】
1974年、まだJ―POPなどと呼ばれていないころの日本の音楽シーン黎明期。主人公・幾田トキオは音楽業界人としての第一歩を歩み始めた。以来30数年、さまざまな場所・局面で出会った個性あふれるミュージシャンや業界人らとの交流を小説仕立てで綴る“ドキュメントフィクション”。執筆者は音楽ユニット「Cosa Nostra(コーザ・ノストラ)」などを手がけるミュージシャン・音楽プロデューサーの桜井鉄太郎氏。同氏のブログは桜井鉄太郎.jp

