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桜井鉄太郎「ユメの行方」第2章―第36回
< 1978. 07.10 原宿フレンチレストラン「tourjours」>
「ねえ、せっかくこうして6人の女の子が運命の出会いをしたんだからさあ、このチームでライブやろうよ!」
えみかの突然の提案に最初驚きを隠せないでいた面々も、やがて口々に賛同し始め、ついには『viva non girls』としてグル-プ活動をしていくことを彼女達は決定してしまった。
当然あらゆる段取りはトキオがやることになるわけで、レコーディングが一段落してホッとしたのも束の間、さらに重要な案件が彼の肩にのしかかってくることになった。
秋さんは暢気なもので「アルバムのプロモーションとしてはとってもいいんじゃない?新宿viva nonで発売日の8月25日にぶつけようよ」などと気楽に提案してくる。
実行役のトキオはたまったもんじゃない。バックミュージシャンのスケジュール調整やらリハーサルの確保やら山ほどまた仕事が増えることになる。
「まだレコーディングも終わったわけじゃないのに…」などとぼやきながらもトキオは煩雑な実務をこなしていく準備にとりかかる。
「viva non jam vol.1」は7月15日、ついにトラックダウンの作業を終えレコーディング全行程を完了した。トキオにとって実質的なレコードプロデューサーデビューとなったわけだ。
秋さんから常日頃、プロデューサーたるもの、音楽面だけでなく予算の管理からプロモーション、営業、アーティストの人心掌握に至るまで全責任を負わなくてはならない、と教え込まれていたので、完璧とまではいかないまでもなんとか及第点はもらえるんじゃないかと自負していたのだが…。
スタジオを出て仕上がったマスターテープをviva nonの仲間達に真っ先に聞いてもらおうと新宿の店にトキオは向かった。一睡もせずに作業に没頭していたので本当はゆっくり睡眠を取りたかったのだが、まずはみんなの喜ぶ顔が見たかったので足取りも軽く店内に入っていったのだったが、そこに待ち受けていたのは仁王立ちした鬼のような龍さんだった。
嫌な予感はしていた。きっとあの請求書の束のことでいろいろ言われるんだろうとはトキオも予想はしていたが、想像以上の怒りでもって龍さんは向かってきた。
「トキオ、お前どうしてくれるんだ。秋さんに言われたからあえて口を挟まずにお前の好きなようにやらせてたら、なんだこの請求の額は。全部で450万円だぞ。お前は数字の数え方もわからんのか! シャングリラから来るお金は200万円ポッキリなんだから、どう計算してもウチが250万円もの赤字喰らってしまうんだよ!どうしてくれるんだ、エー! 切腹でもするか!」
血管も切れそうなほど逆上している。店の人間も音を聞くどころじゃない。
トキオは反論しようにも言うべき言葉が見つからない。イヤーな沈黙が延々と続く。そこへ天の助けか、秋さんが大きな花束を持って満面の笑顔でもってviva nonに入ってきた。
一瞬、場が和む。龍さんは常日頃、秋さんにだけは敬意を表していて、あまりきついことは言えないはずなのだ。
「トキオお疲れさま! ゴメンね、スタジオに顔出せなくて。川中くんに電話したら、たぶんマスターテープの試聴会、viva nonでやってるはずだと聞いたのでお祝いしようと来たんだけど、なーにこの重い空気は? 龍さんどうしたの? 何があったの?」
「いやあねえ、秋さん聞いてよ、このトキオの馬鹿がさあ…」と龍さんは延々と予算超過事件の顛末を嘆き語り始めた。
「うんわかった。僕にいいアイデアがある。龍さんに教えてしんぜよう。それよりもまず、いい作品ができたんだからさあ。聴いてあげてよ。トキオプロデューサーの初作品なんだからさ」
viva nonの大きなスピーカーから流れる「vivanon jam vol.1」を聴き終えると誰からともなく大きな拍手が巻き起こった。
店長の原は無言でトキオの手を握ってくれた。思わず胸の奥から熱いものがこみ上げてきてトキオは不覚にも目を潤ませた。龍さんの方を見ると先ほどとはうって違って笑みさえ浮かべている。
秋さんと一緒にviva nonを出ると、そのままトキオは行動を共にした。タクシーをつかまえCICレコードに横付けする。何もわからず、秋さんにくっついたまま、制作部の応接室に通される。シャングリラ・レコードと違って、どこか垢抜けたたたずまいにトキオは圧倒された。
BGMには昨年発売されセンセーションを起こしたスティーリー・ダンの「Aja」がさりげなく流れている。体がすっぽり埋もれそうなソファーに座って待っていると、最近顔なじみになった宮本ディレクターが妙に上機嫌で現れた。
「やあ、お待たせ。トキオクンお疲れ! 例の音でき上がったんだってね。秋山さんが教えてくれたんだ。今日聴かせてくれるんでしょ?」と畳みかけるようにして話してくる。
事情がよく分からないトキオが秋さんの方を見ると、驚くべき提案を宮本とトキオにいきなり持ちかけてきた。
<この項 つづく>
BACK GROUND MUSIC : Aja / スティーリー・ダン
[登場人物]
幾田トキオ(24歳):viva nonレーベル制作担当
秋山圭一(31歳):viva nonレーベル顧問
今泉えみか(23歳):慶応大生、奇蹟のシンガー
川中賢治(27歳):シャングリラレコード宣伝マン
宮本繁之(28歳):CICレコードディレクター
原敬二(24歳):新宿viva non店長
矢野龍(34歳):viva nonオーナー
【この連載について】
1974年、まだJ―POPなどと呼ばれていないころの日本の音楽シーン黎明期。主人公・幾田トキオは音楽業界人としての第一歩を歩み始めた。以来30数年、さまざまな場所・局面で出会った個性あふれるミュージシャンや業界人らとの交流を小説仕立てで綴る“ドキュメントフィクション”。執筆者は音楽ユニット「Cosa Nostra(コーザ・ノストラ)」などを手がけるミュージシャン・音楽プロデューサーの桜井鉄太郎氏。同氏のブログは桜井鉄太郎.jp

