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桜井鉄太郎「ユメの行方」第2章―第37回

<1978.07.15 CICレコード&下北沢いーはどーも>
yume20080615.jpg 秋山はそこにいる誰もが予想外のことを言い出した。
 「僕は昨日の晩決意したんだ。今泉えみかは僕のプロデュースでデビューさせようと思っている」
 「えー? で、も彼女はもう就職が内定していて音楽雑誌の編集者になってしまうんじゃないんですか?」とトキオ。

 「ところが、昨日えみかから電話もらってね。照れくさそうに『実は1科目単位落としちゃったんで、もう1年学校に残らなきゃいけないんです。だから1年だけなら歌い手になってもいいかな?』って言ってきたんだ。ただし条件があって、アメリカでレコーディングしたいってこととプロとしては1年しかやらない、ってことなんだけどね。僕は一も二もなくOKしたよ。それから、もちろんシャングリラの川中くんに真っ先に相談したよ。当然、彼女のファーストオプションを持ってるのはシャングリラレコードなんだからね。そしたら彼、なんて言ったと思う? ウチではやんないほうがいいと思いますよ、って言うんだ。そしてCICの宮本くんに持ってくのがいいんじゃないですかってアドバイスしてくれたんだ。どうしてだと思う? 宮本くん」
 宮本は嬉しいような困ったような表情で秋山の目をじっと見つめながら言った。
 「それは、すごく光栄なことだし、えみかちゃんには大いに興味があるけど、シャングリラの上層部は大丈夫なんですか? 承諾を得なくっても」
 「それがなんと川中くんの話では、部長がうちではやる余裕がないのでどうぞどうぞお好きに、と言ってるそうなんだ」と秋山は言う。
 「そういうことなら僕、いや我がCICレコードは手を挙げますよ。もともとウチの専務にえみかのデモを聴かしたところ大乗り気だったんですから。でもシャングリラが手放さないだろうって僕も専務も思ってましたからねえ」
 「なんでも、新人女性歌手は10代の子しかとらない方針なんだそうだシャングリラは。それから念のためviva nonの龍さんにも話してみたら、どうぞ秋さんご自由におやりください、ってな感じだったんで、これでなんの障害もなく彼女のプロデビューを実現させられるってわけだ」
 トキオは2人のやりとりを聴きながら、なんだか誇らしいような嬉しいような、しかし自分がこの輪の中に入っていけるんだろうか、という思いにとらわれていた。
 すると秋山が「トキオも本来ならこのプロジェクトに参加してほしいところだが、viva nonの仕事を続けながらではやっていけないだろうと思うんだ。でも今トキオが抜けてしまったらライブハウスviva non4店は大打撃だろうしなあ…」とつぶやく。
 「いや、秋さん、大丈夫ですよ、ナイス白井くんが最近成長著しいんで僕がちゃんと引き継ぎをすれば支障はないと思いますよ!」とトキオは勢い込んで話す。
 「でも例のviva non jamの予算超過問題を何とかしなきゃいけないしなあ」 秋山にそう言われるとトキオも暗くならざるを得ない。
 「でも、さっき龍さんにその問題を解決するいいアイデアがあると言ってたのはどういうことなんですか、秋さん?」
 「まあいささか乱暴な提案なんだけどね。どっちにしろ明日viva nonオフィスにいく用事があるからトキオも一緒にいって龍さんを説得してみようじゃないか。とにかく今日はこれから宮本くんとえみかのビジネスについて詰めの話をしなくてはならないので、君はこれで帰ってよし!」
 トキオはCICレコードを出てから、ひとりになりたくて下北沢に電車で向かい、久々に「いーはどーも」に顔を出してみた。そこにはなんと最近疎遠になっていたかつての恋人、沼田曜子がまるでトキオが来ることを予期していたかのようにひとりコーヒーを飲んでいた。店内には彼女の好きだった「キャロルキング」の『MUSIC』が流れている。
 曜子はごく自然にトキオに隣に坐るように目でうながすと「あなたが来ると思ってここにもう1週間も通い詰めよ」
 と言うなりトキオの手に自分の手を重ねてくる。胸の中が熱くなった。曜子と過ごした毎日が蘇ってくる。
 と、そこへナイス白井が息せき切って入ってきた。
 「あー、やっぱりトキオクン、ここに来てたんだ。俺の勘はあたるなあ。そんなことより大変なことになってるんです。僕と一緒にすぐ来てくれませんか?」 と言うなりナイスはトキオの手をがっちり捕まえて外に連れ出そうとする。
 「ちょっと待ってくれよ、理由(わけ)を話してくれないか」
 「龍さんが倒れたんですよ!」とナイスは吐き出すように言う。すると……。
<この項 つづく>

BACK GROUND MUSIC : MUSIC / CAROL KING

[登場人物]
幾田トキオ(24歳):viva nonレーベル制作担当
秋山圭一(31歳):viva non レーベル顧問
矢野龍(34歳):viva nonオーナー
川中賢治(27歳):シャングリラレコード宣伝マン
宮本繁之(28歳):CICレコード ディレクター
ナイス白井(23歳):viva non 企画担当アシスタント
沼田曜子(22歳):トキオのかつての恋人

【この連載について】
 1974年、まだJ―POPなどと呼ばれていないころの日本の音楽シーン黎明期。主人公・幾田トキオは音楽業界人としての第一歩を歩み始めた。以来30数年、さまざまな場所・局面で出会った個性あふれるミュージシャンや業界人らとの交流を小説仕立てで綴る“ドキュメントフィクション”。執筆者は音楽ユニット「Cosa Nostra(コーザ・ノストラ)」などを手がけるミュージシャン・音楽プロデューサーの桜井鉄太郎氏。同氏のブログは桜井鉄太郎.jp

投稿日: 2008年06月15日

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