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桜井鉄太郎「ユメの行方」第2章―第38回
<1978.07.15 下北沢いーはどーも―広尾病院>
トキオはすぐさま行動を開始した。龍さんとも面識のある曜子も一緒に『いーはどーも』を出てナイス白井の先導のもとタクシーをつかまえ、龍さんの入院先の「広尾病院」に向かった。
いま、viva non総帥の龍さんに何かあったら大変なことになる。対立することもあったが、トキオにとってこの4年間は龍さんの存在がなければとても成立していなかっただろう。
病室にはviva nonの幹部連をはじめ、秋さんやシャングリラレコードの面々も顔を揃えていた。
意外にも龍さんはベッドに起き上がり、いつものサングラスをかけたまま、お粥を食べていて、トキオが心配していたほどの重病ではないようだった。原の話だと日ごろから高かった血圧と極度の睡眠不足のせいでオフィスの応接室で倒れてしまったらしい。大事を取って3、4日も安静にしていれば退院できるそうだ。
秋さんがトキオに目で合図した後、龍さんに話しかけた。
「こんなときになんなんですが、今回の『viva non jam』の制作費オ-バーの件、なんとかなるように段取りしたので心配なさらないように。だから、安静にして早く健康を取りもどしてくださいよ」
「ほんとですか、それだけが心配で心配で。おいトキオ! 秋さんにちゃんと従って処理しろよ。ところで、どんな段取りなんですか? 秋さん」
「まあ、それは心配なく。任せてください。それはそうと今日はひとつ龍さんにお願いがあって…」
秋山はうまく話をそらすと核心の案件を持ちかけた。さすが話術の天才、秋さんである。
「実は今泉えみかの件なんですが。彼女の今後の処遇について僕に一任して欲しいんですが、どうでしょう?」
「今泉えみかというと今度のアルバムに参加している慶応の女の子のこと? 秋さんが彼女のケアをするってこと? 俺は別に構わんよ。秋さんが望むなら。でも、あの子、就職しちゃうんじゃないの? まあ秋さんの好きにするがいいさ。ところで制作費オーバーの件は…」
「ありがとうございます。まあ、制作費の件についてはトキオに細かくレクチャーしときますから。じゃあ僕はケツがあるのでこれで失礼します。お大事にしてくださいね! あと龍さんが入院中退屈しないように僕がセレクトしたカセットテープ持ってきたんで聴いてくださいね、じゃあ」
そう言うと颯爽と秋山は病室を出て行った。さっそく龍さんはラジカセにカセットを入れる。メロウでやさしいサウンドが病室にあふれる。ニックデカロの『イタリアングラフィティ』だ。さすが秋さんの選曲は良い。常日ごろ、龍さんとニックデカロは顔がそっくりだ、と言っていた秋さんの粋なジョークも感じられるセンスだ。
トキオは慌てて秋山の後を追った。玄関口でタクシーに乗り込む寸前の彼に続いて車に滑り込む。青山のオフィスに戻る秋山に同行して例の制作費予算オーバーについて早急に打開策を授けてほしかったのだ。それと今泉えみかプロジェクトの今後も知りたかったし。秋山のオフィスに到着すると、そこには意外な人物が2人を待ち受けていた...
BACK GROUND MUSIC : イタリアングラフィティ/NICK DECARO
[登場人物]
幾田トキオ(24歳):viva nonレーベル制作担当
秋山圭一(31歳):viva non レーベル顧問
矢野龍(34歳):viva nonオーナー
川中賢治(27歳):シャングリラレコード宣伝マン
ナイス白井(23歳):viva non 企画担当アシスタント
沼田曜子(22歳):トキオのかつての恋人
【この連載について】
1974年、まだJ―POPなどと呼ばれていないころの日本の音楽シーン黎明期。主人公・幾田トキオは音楽業界人としての第一歩を歩み始めた。以来30数年、さまざまな場所・局面で出会った個性あふれるミュージシャンや業界人らとの交流を小説仕立てで綴る“ドキュメントフィクション”。執筆者は音楽ユニット「Cosa Nostra(コーザ・ノストラ)」などを手がけるミュージシャン・音楽プロデューサーの桜井鉄太郎氏。同氏のブログは桜井鉄太郎.jp

