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かねやんぐうたら読書「偏屈老人の銀幕茫々」すさまじい無頼の交友録
大学時代の3年間、私はBC級戦犯を収容する巣鴨プリズン(巣鴨拘置所)の看守をしていた。最初は夜勤をして学校に行くつもりだったが、もともとズボラな当方、2時間おきに起こされる勤務では、到底その気になれない。プリズンを辞めた後のバイト生活時代を含め、学校へ行ったのは、語学と体育の補習授業2週間だけだった。
よく、卒業できたものと思うが、この本の著者、石堂氏も同様のことを書いている。面識はないが、1932年生まれの氏とは、学年こそ違え同じ年である。彼は東大の文学部、こちらは私大の法学部だが、石堂さんが苦労したのは、ドイツ語が1行も読めないのに専門学科に進むとき、ふざけ半分、第3志望にした独文科に入ったせいらしい。
卒業できたのは、秀才を狙って横に座る堂々たるカンニングと、質疑応答を行うドイツ人教師が直前に風邪で倒れた悪運のためという。
私の場合は、試験問題の関連条文を六法で見て、とにかく分かりやすい日本語にしろ、という先輩の助言による。翌年から授業料が上がったので、安い学生は卒業させたかったのではないか、とも推察している。
しかし、この本の眼目は、今村昌平、浦山桐郎、大島渚ら日本のヌーベルバーグ時代を創った映画監督たち、大学で同級だった種村季弘や藤田敏八などとの、まさに疾風怒濤という言葉にふさわしい無頼な交友録にある。
主治医から、あなたは今日死にます、と言われて、その夕方、撮影現場で倒れた前田陽一など、累々たる鬼籍簿には凄みすら感じる。(金田浩一呂)

