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五木寛之著『わが人生の歌がたり 昭和の青春』

わが人生の歌がたり 昭和の青春 1996年、司馬遼太郎氏が亡くなった直後、私は五木寛之さんの世話になっている。私の郷里、宮崎日日新聞社の高校の後輩から頼まれ、司馬さんに同地での講演をお願いしていた直後に氏が急逝。代わりに五木さんを頼めないか、と言ってきた。

 急な話で無理とは思ったが、一応、留守番電話に事情を話してお願いしたところ、その晩、ご本人から電話があり、「引き受けます」と言ってもらったのだ。

 前回この欄で、石堂淑朗氏と同年の私が、共に卒業に苦労した話を書いた。やはり、同じ1932(昭和7)年生まれの五木さんは、卒業どころか、「中退」もしていなかった事情が、この本に書かれている。

 早大露文に入った氏は、アルバイトで自分は生活できたものの、故郷の福岡に残してきた病気の父親と弟妹が気にかかる。旅費が工面できず、父親の死に目にも会えなかったという。

 卒論を受け付けてもらうための授業料を貯めようと、2年間の休学を申し出たが月謝未納では認められない。では退学する、と言うと、「退学」もそれまで授業料を払った者の「資格」とあってだめ。結局、大学にいた事実を抹消される「抹籍届」を出す羽目になる。後年、総長から校友会に入ってくれと言われ、未納の授業料を払い「中退」の資格を得たという。

 その後も就職難時代の社会に出て職業を転転とする話が、当時、心に響いた歌とともに語られる。苦労人なのである。講演を引き受けてくれたのも、当方の窮状を察した五木さんならでは、と思う。(金田浩一呂)

「わが人生の歌がたり 昭和の青春」

投稿日: 2008年06月28日

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