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「元気のヒミツ」小林旭さん-100万人に1人の奇跡 脊椎損傷からの生還
“永遠のマイトガイ”小林旭さん(69)。今年歌手デビュー50周年を迎え、「根っからの健康体」と胸を張る。だが、スタントを使わず命がけの撮影では生死を彷徨う大ケガをしたこともあったという。
■塩水うがいで風邪も“退治”
「若い連中が腕相撲に挑戦してきても、そう簡単には負けない。病気はカゼぐらい、それもほとんど塩水うがいで治してしまう」
小学4年で柔道を始め、高校1年で3段取得。明治大学でも柔道部に所属した。だがアクションスターだけにケガはつきものだ。
「25歳の頃にはにっかつ映画『黒い賭博師』の撮影中にトランポリンで跳ねて、約9メートルの高さから道路にまっ逆さまに落下した。首の頚椎4番、5番の骨を損傷。医師からは、『あと1ミリ圧迫されていたら、神経が全部やられていた。100万人に1人の奇跡』といわれた」
何日も昏睡(こんすい)状態が続く重症。
「右手の握力ゼロ。手にたばこの火を押し付けても感じないような状態だった。落ちる瞬間、走馬灯のように浮かんできたのは好きな女より、お袋とおやじ、弟の顔だけだった」と振り返る。
■さんずの川の向こうに…
昏睡状態の中で臨死体験もした。
「さんずの川の向こうに、金色に輝く光が見えて、足元には深いグレーの雲がすごい勢いで流れていた。ヒザから下が寒くてどうしようもなくて、どうしたらこれをしのげるかと向こうの川岸を見たら、温かそうな光と共に、大きく手を開げている人が見えた。『あそこは温かいだろう』と行きかけた瞬間、『小林さ~ん』という声が聞こえて、気がついたらベッドに横たわり、足に9キロの重りを付け30度の角度で引っ張られていた」
その時、額の包帯からにじみ出る血で便箋に「生きていることに感謝」となすりつけるように書いたという。
■スタントなし
当時のにっかつは、小林さんはじめ石原裕次郎、赤木圭一郎も活躍した全盛期。
「イケイケで、『スタントマンなんか使わずに自分でやるわい!』と、全部本物でやらなきゃ気がすまなかった」
その後も火薬で10メートル吹き飛ばされるなど「3回死に損ない。いまだに天候の悪い日は後遺症で指がしびれることもある」という。
■J・チェンも敬愛
撮影は命がけ。そんな小林さんの真剣さに惹かれるスターも多い。世界的なアクションスター、ジャッキー・チェンもその1人。以前、ジャッキーと会ったときには、「マイ・アイドル!」と抱きつかれ、「アキラさんのアクションがあったから、いまの自分がある」と言われたという。
「今後どこまで健康体でいられるかはわからないが、健康に自信と確信がある間はいろんなものにトライしていく」
昨年からは日本プロゴルファー協会の名誉会員に。どんなことにも体当たりでぶつかるアキラ節はとどまるところを知らない。
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こばやし・あきら
東京都出身。1956年にっかつ第3期ニューフェース。同年映画「飢える魂」でデビュー。以降、「渡り鳥」シリーズ、「銀座の次郎長」シリ―ズ、「流れ者」シリーズ、「賭博師」シリーズが次々と大ヒット。歌手としても「ダイナマイトが150屯」「ダンチョネ節」「ズンドコ節」「ついて来るかい」「昔の名前で出ています」「熱き心に」など記録破りのヒットを生み出した。歌手デビュー50周年記念曲「酒場恋唄」が好調。

