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「今日は何の日」1987年7月4日竹下派旗揚げ
1987(昭和62)年7月4日、竹下登幹事長が竹下派会長になり、田中派15年の歴史に幕を引いた。名称は「経世会」。
《一夜明けると、自民党の最大派閥田中派(木曜クラブ)の141人は竹下派113人に化けてしまった。面白がってばかりはいられないが、いや、実にオモロイ世界。面白がってはいられない1人に田中角栄元首相がいる。倒れて2年余。いまリハビリの身。竹下派旗揚げに、一言「くだらん!」といったそうだが、それも代弁。肉声は伝わってこない》と夕刊フジ。
85年2月、竹下氏(当時蔵相)が“ぞうきんがけ”にあきあきした形で「創政会」を結成したころから角さんの酒量が増え、同月27日、ついに脳梗塞で倒れた。当初病院側は「ごくごく軽い脳卒中。3、4週間の入院」としたが、間もなく脳梗塞と訂正。
その後も大本営発表が相次いだが、6月に公開された角さんの闘病中の写真はあまりに弱々しいものだった。
そして「経世会」誕生。87年10月、竹下氏は田中邸を訪問して、娘の真紀子氏に門前払いされたが、1カ月後には竹下内閣が誕生した。

