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桜井鉄太郎「ユメの行方」第2章―第40回
<1978.07.15 下北沢ソウルバー『スパイク』>
意外にもシャングリラレコードの川中が『スパイク』に現れたことにトキオは一瞬動揺した。
「どうしたんですか? 川中さんがこういう場所に顔を出すなんて、思っても見なかったなあ」
「それはこっちのセリフだよ。こう見えても、ここの常連なんだぜ。この旬くんとも、もうかれこれ半年のつきあいなんだ。トキオは彼とはどういう知り合い?」
「このあいだのviva non jamに参加してもらったとき、待ち時間にいろいろ好みの音楽の話をしたのがきっかけかな? ジョージィ・フェイムが好きだってのが一致しちゃって。そこから発展してランディ・ニューマンの『So Long Dad』をマンフレッドマンがカヴァーしてるとかジョージィ・フェイムが相当ランディを意識してるとかの話で盛りあがっちゃって」
「相変わらずマニアックな話をしてるんだな、トキオは。ところで今日はどんな用件でここに?」
川中は何か探るような目でトキオに問いかけた。
「実は旬くんを抜擢して次のviva nonレーベルの第3弾アルバムを彼のソロアルバムにしようかと計画してるんです」
トキオがこう発言すると見山旬は寝耳に水だったらしく、びっくりしてピアノ椅子から転げ落ちそうになった。
「えー! トキオさん、本当なの? そんな話初めて聞くよ」
「そりゃそうさ。ほんの1時間ほど前に思いついたプランだもの。イメージとしては『ランディ・ニューマンLIVE』かな?」
旬は物凄い勢いでトキオに走りより手を握りしめると「トキオさん、ぜひやらしてください。でもホントに実現できるのかな? viva nonの、あのおっかなそうな髭の社長もOKしてるの?」
「いや、それはまだだけど必ず説得してみせるから、まかせておけ」とトキオはすっかり力みこんだ顔で答えた。
すると冷ややかな目でこの2人を見ていた川中が呟いた。
「そんなアイデアが龍さんを説得できるのかね。だいたい、シャングリラの編成会議に通るのかどうか」
「大丈夫。秋さんがなんとかしてくれるはずです」
トキオは咄嗟にそう答えるしかなかった。
「それに僕のこのプランをシャングリラ側で理解してくれるのは川中さん、あなただけなんです。あなたほどポップスを理解してる人はシャングリラにはいないんですから」
このトキオのヨイショが効いたのか川中は態度を一変させ満更でもないといった笑顔を浮かべながら「まあ、ほかでもないトキオ先生の頼みとあらば不肖この川中賢治が社を説得しようじゃないか」とのたまった。
もともと、この3人は音楽の趣味が似通っていたのだから結束したら話は早い。早速、作戦会議の始まりだ。
店のビールを勝手に3本持ってきてまずは乾杯だ。旬はBGMにジョージィ・フェイムのアルバムをターンテーブルにset upした。ご機嫌なノーザンソウルっぽいダンスナンバー『ゴーインホーム』が3人をブラックミュージックへの憧憬へと誘う。
そこへ突然、秋山が店に息せき切って飛び込んできた。
「トキオ! おっ、川中くんもいたか。ちょうどいい。みんな聞いてくれ。実は…」
<この項 つづく>
BACK GROUND MUSIC:GOING HOME/GEORGIE FAME
[登場人物]
幾田トキオ(24歳):viva nonレーベル制作担当
秋山圭一(31歳):viva non レーベル顧問
見山旬(19歳):若手シンガー&ピアニスト
川中賢治(27歳):シャングリラレコード宣伝マン
【この連載について】
1974年、まだJ―POPなどと呼ばれていないころの日本の音楽シーン黎明期。主人公・幾田トキオは音楽業界人としての第一歩を歩み始めた。以来30数年、さまざまな場所・局面で出会った個性あふれるミュージシャンや業界人らとの交流を小説仕立てで綴る“ドキュメントフィクション”。執筆者は音楽ユニット「Cosa Nostra(コーザ・ノストラ)」などを手がけるミュージシャン・音楽プロデューサーの桜井鉄太郎氏。同氏のブログは桜井鉄太郎.jp


