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桜井鉄太郎「ユメの行方」第2章―第42回

<1978.08.15 高円寺~六本木「ウルル」>
yume20080720.jpg およそ6年ぶりに会う中田ルミはかなり容貌の変化を遂げていた。少年のように華奢だった肢体は、すっかりふくよかに女性らしくなっていて、トキオはなかなかルミを直視できなかった。
 「久しぶりねトキオ! なんだかここに来ればあんたに会える気がして、このところちょくちょく顔出してるんだ。よかった会えて」

 声もまるでジャニス・ジョップリンのようにブルージーなハスキーボイスになっていた。
 あの衝撃的な別れから6年あまり。いまでは、もうすっかりトキオの脳裏からは消えていた存在のルミだったが、こうして再会してみると、なんだか甘酸っぱくもほろ苦い思い出が蘇ってくる。小一時間ほど近況など当たり障りのない話をしたあと2人は外に出た。
 言うべき言葉も思いつかぬまま、ただ黙々とトキオとルミは駅前通りから環状七号線の方に歩いていった。急に手を挙げてタクシーをつかまえるとルミは有無をも言わさずといった感じでトキオを促し、車に乗り込んだ。
 「運転手さん六本木まで!」
 そう指示した後、ルミは黙り込んでしまった。トキオはなんだか意志のない操り人形にでもなったような気持ちでシートに深々と身を沈めて、ことの成り行きを見守ることにした。
 防衛庁のあたりでタクシーを降りるとルミはトキオを置き去りにしそうな勢いでズンズン早足で歩いていく。裏通りの人気の少ない民家と民家のあいだにひっそりとそのバーはあった。
 勝手知ったるといった感じでルミはバーテンダーにワイルドターキーのロックを注文するとトキオの意思も聞かずに「2つね!」と付け足した。店にはバーテンダーと2人以外、誰もいない。BGMはルミの大好きなジェシーデイビスの「ゴールデンサンゴッデス」が小さな音量で、なにげに流れている。暗い照明の中でさっきから声を発さないルミの横顔をトキオはうかがった。
 20分もたったであろうか。彼女は急にさっと髪の毛を揺するようにしてカウンターから離れ、トキオの背後に回ると小さな声で奥へ行こうと促した。まばたきひとつしないでトキオを見つめてくるルミの目に、思わず一瞬目を伏せた。
 トキオは催眠術にかけられたようにルミに手を引かれ、店の奥にある小さな部屋へと誘われた。2人掛けのソファと小さな丸テーブルしかない空間の中でルミは6年間の空白を取り戻すかのように、先ほどの沈黙が嘘のように饒舌に喋り始めた。
 トキオはルミの低いかすれたような声の調子の中に、突然それまでトキオが思いもつかなかった何かが影の中の眼のように潜んでいるような不安を感じた。
 たとえばルミはこの小さなほの暗い部屋の中で複雑に揺れ動くトキオの気持ちを実は初めから見通していて、そ んな彼の反応を楽しんで眺めているのではあるまいか、と。
 すると唐突にルミはトキオに唇を重ねてきた。あまりに突然だったためか、トキオにはそれがキスだという実感はほとんどなかった。一瞬の非現実感のようなものからトキオが目覚めたときには、ルミはまるで羽根のように軽く身を翻して彼の傍らをすり抜け部屋の外に出て行ってしまった。そして…。
<この項 つづく>

BACK GROUND MUSIC:JESSE DAVIS First Album

[登場人物]
幾田トキオ(24歳):viva nonレーベル制作担当
中田ルミ(29歳):トキオのかつての恋人

【この連載について】
 1974年、まだJ―POPなどと呼ばれていないころの日本の音楽シーン黎明期。主人公・幾田トキオは音楽業界人としての第一歩を歩み始めた。以来30数年、さまざまな場所・局面で出会った個性あふれるミュージシャンや業界人らとの交流を小説仕立てで綴る“ドキュメントフィクション”。執筆者は音楽ユニット「Cosa Nostra(コーザ・ノストラ)」などを手がけるミュージシャン・音楽プロデューサーの桜井鉄太郎氏。同氏のブログは桜井鉄太郎.jp

投稿日: 2008年07月20日

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