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清丸惠三郎「企業戦略ウォーズ」(15)環境・省エネに挑む(1)ゼファー
「洞爺湖サミット」では、世界経済に忍び寄るスタグフレーションの黒い影をいかに払拭するかとともに、「地球環境・気候変動」にどう対応するかが、G8首脳のあいだで大きなテーマとなった。宇宙船地球号が今後とも人類にとり安全で安心できる乗りものであり続けられるかどうか、まさに岐路に立たされている現在、積極的な対策は待ったなしである。世間の関心もまた急速に高まっている。そこでこのシリーズでも、今回から環境・省エネに挑むさまざまな企業、経営者の戦略をリポートしていきたいと思う。
もし京都を訪れることがあったならば、小学校や中学校の屋上を眺めてみてほしい。多分、神戸北野の異人館の風見鶏とどこか似たところがある、小型の風車を見つけることが出来るはずである。しかしこの風車はただ風を受けて回っているだけではない。タービンを回し、発電をしているのだ。要するに小型風力発電機なのである。
京都市教育委員会の発表数字だと、2007年度末現在、市内の小中・総合支援校180校に、この太陽光パネル付きの小型風力発電機が据えつけられている。これだけ多数の風力発電機が設置されることになったきっかけは、4年前に開かれた「京都子ども環境フォーラム」というイベントで、ある小学校の子どもたちが風力発電に関する実に素晴らしい発表を行い、そこで市の教育委員会は風車による環境教育に乗り出すことにしたのだという。
ある小学校では、風力発電で得た電気で花時計を動かし、ある学校では夜間の防犯灯をともしている。またある小学校では京都の川にすむ魚を飼う水槽のポンプを動かす動力に使っている。こうして子どもたちは自然エネルギーに日々接しているのだ。京都市内にこのように特に集中しているのだが、その他全国の小中学校や、個人の家庭、企業などにもいま、小型風力発電機が着実に入り込み始めている。
ようやく膨らみ始めてきた小型風力発電機の国内市場の50%あまりを占めるトップメーカーが、東京・渋谷区に本社を置く、創業12年目に入ったばかりのベンチャー企業ゼファーである。ゼファーという社名はギリシャ語の「ゼフィロス」、西風の精からきている。風力発電機のメーカーにふさわしい洒落た社名だと言っていいだろう。
創業者の伊藤瞭介(70)によると、「会社は一人では出来ない。風力発電機のメーカーを立ち上げようと決めたときに、人が集まるブランドにしたいと考えた。そして集まった人たちが、今日1日ブランドをいかに磨いたか、それを考え続け、努力し続けるようにしたいと。それでこの社名にしたのです」という。
創業時点でブランド戦略にまで目配りしていることを考えれば、伊藤が並のベンチャー経営者ではないことはすぐに想像がつこう。実は伊藤は、かつて音響機器メーカー御三家の一つに数えられた山水電気の社長をつとめ、山水が業績悪化により香港資本にM&Aされると同時に辞任した経歴を持つ。
音響機器メーカーのトップだった伊藤がなぜ、風力発電機メーカーを立ち上げることになったのか。山水を辞めると、当時まだ52歳だった伊藤は伊藤総合研究所を立ち上げ、コンサルタント業を始めた。そこにたまたま再生可能エネルギーの調査依頼がきた。この調査の過程で風力発電に出合い、大いに将来性を感じ、興味を持つようになる。
そこで、1997年6月、友人に出資を仰ぎゼファーを設立、風力発電機器市場に乗り出すのである。
「当時、日本には風力発電機など皆無。技術的蓄積などまったくない。そこでとりあえず海外から機器を輸入し販売しようと考えた。インターネットで調べてみると、アメリカのサウスウエスト・ウインド・パワーという会社の商品がよさそうだった。で、現地に乗り込みOEM生産してもらう契約を結んだのだが、そこがアメリカ企業、送られてきたほとんどがとても商品とは言えないような代物だった。とりあえず手直しして売る一方、こちらから提案などもして改良してもらい、次第に使えるものにしていった」
だが、もともとものづくりが好きで音響機器メーカーに入った伊藤だけに、そうした状況にいつまでも耐えられるはずはなく、自前の小型風力発電機を作り出そうと決意するまでにさほど時間がかからなかった。創業5年目の02年、伊藤は「プロジェクトZ」と名付けた小型軽量風力発電機の産官学が加わる開発プロジェクトを立ち上げる。このプロジェクトには、最終的に産業総合研究所や東京大学、メーカーでは東レや横河電機などの技術者が参加することになるのだが、伊藤が走り回って協力を依頼してようやく出来あがったものである。ネーミングは当時、大人気だったNHKの番組「プロジェクトX」の先を行くということからきている。 =敬称略
(経済ジャーナリスト)
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いとう・りょうすけ
1938年6月28日東京生まれ。小学校から大学まで成城学園育ち。大卒後、ものづくりに関心があり、また音楽が好きだったことから山水電気に入社。営業本部長、商品企画部長、経営企画室長など枢要なポジションを歴任し、86年に社長に就任。
開発部門時代、ドルビーサラウンドの原型となる4チャンネルステレオ方式「QSサラウンド方式」を生み出すなど、ヒット商品を相次いで生み出したアイデアマとして知られる。
90年6月、山水を退社後は本文の通り。第1級アマチュア無線技士、小型船舶操縦士などを持つことでも分かるように、多趣味である。熟年ベンチャーとして、今年70歳ながら近い将来の上場を目指している。
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