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「今日は何の日」潜水艦「なだしお」事故
1988(昭和63)年7月23日午後3時38分ごろ、横須賀沖の浦賀水道で海上自衛隊の潜水艦「なだしお」(山下啓介艦長、2250トン)と大型釣り船「第一富士丸」(近藤万治船長、154トン)が衝突。第一富士丸は、なだしおの艦首に乗り上げ、船首部分を破損、海水が流入し、船尾からほぼ垂直に沈没した。
4日後の27日未明、サーチライトが照らす中、暗い海から第一富士丸は83時間ぶりに引き上げられ、船内のサロン、調理室、客室などから次々に遺体がみつかった。乗客、乗員30人が死亡し、16人が負傷という痛ましい事故だった。
浦賀水道を1日に通過する船は貨物船、タンカー、漁船など平均720隻。国内でもトップ3に入る「海の繁華街」で、“一触即発”の状態だった。
当初は第一富士丸の過失といわれたが、なだしお側の過失も明らかになって、8月に防衛庁長官が引責辞任。のちに横浜地裁で、「事故の主因はなだしおにあったが、近藤船長の責任も免れない」と双方に有罪判決(いずれも執行猶予つき)がくだった。
あれから20年。今年2月には、千葉・野島崎沖で海上自衛隊のイージス艦「あたご」と漁船が衝突。漁船の父子2人が亡くなっている。

