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桜井鉄太郎「ユメの行方」第2章―第45回
<1978.08.15 六本木~下北沢viva non>
「坊や、お前はどこのもんだ? ん?」
顔は笑ってるが目は氷のように冷たい光を放っている。トキオは言葉を失ってしまったかのように体を固くするばかりだった。
すると、ネリが男の鋭い眼光を見据えると視線を外さず言い放った。「いろいろ世話になったけど今夜からあたしはこの人の女になるって決めたの、さっき」
そう言い終わる間もなくネリは男に軽く持ち上げられたかと思うとフロアのはずれまで放り投げらてしまう。思わずトキオは本能でこの店のボスとおぼしき男の顎あたりに間髪置かず強力なフックを叩きこんだ。
一瞬、男がよろめいた間にネリを抱きかかえてトキオは疾走した。店の端から端を全力で後ろも見ずに駆け抜け扉を蹴り開け外に飛び出る。
ネリは死んでしまったかのようにピクリとも動かない。ふと後方を振り返るとさっきのイカツイ男が凄まじい形相で追いかけてくるのが見えた。反射的にタクシーを捕まえトキオは下北沢に向かう。水道道路を通り代々木上原を越えたあたりでネリはようやく目を開き聞いてきた。
「どこに向かってるの?」
「仲間のところさ」
トキオがそう答えるとネリは安心したようにうなづき、「カッコイイ! どこかのギャングスターみたい。あなた、あたしをあの男から守ってくれたのね! アリガト」とこれ以上ないほどの笑顔を見せた。
下北沢『viva non』にタクシーを横付けしてはじめてトキオは気づいた。所持金が2000円にも満たなかったのだ。先に降りて待っていたネリが様子に気づいて無造作にポケットから1万円札を取り出すと運転手に渡した。釣りを受け取るそぶりも見せないことに圧倒されてるトキオを尻目にズンズン先へ歩をすすめるネリ。
「あたし、前にこの店来たことあるんだ。ジョーカーって店員とは仲良しになったよ。あいつ、あたしのこと覚えてるかなあ?」
もう真夜中の1時過ぎだというのに店内は不思議なエネルギーに満ち満ちていた。今夜はデビューしたての『ビージースージースー』がシークレットライブを計画しているのだ。
トキオはもうすでに引き継ぎをジョーカーにした後だったので気楽な立場だったが、楽屋の隅で待機してるビージーのメンバーたちは緊張で青ざめているように見える。
ムードメーカーのジョーカーが彼らを少しでもレイドバックさせようとボーカルの麦田公助の好きな『JJ CALE』の「NATURALLY」をかけて場を和ませている。ネリは自然に曲に身を任せて体を動かしながらいつのまにかブラッディマリーの入ったグラスを片手にすっかりリラックスしてこの店の雰囲気にとけ込んでいる。
そんな彼女を見てるうちに、たった数時間前に知り合ったばかりでもうすっかりこの小娘の虜になっている自分にトキオは半ばあきれながら満更でもない幸福感に浸っていた。ところが…。
<この項 つづく>
BACK GROUND MUSIC : NATURALLY / JJ CALE
[登場人物]
幾田トキオ(24歳):viva nonレーベル制作担当
ネリ(20歳):ブル-スシンガーの卵
ジョーカー(23歳):トキオの後継者
麦田公助(22歳):ビージースージースーのリーダー
【この連載について】
1974年、まだJ―POPなどと呼ばれていないころの日本の音楽シーン黎明期。主人公・幾田トキオは音楽業界人としての第一歩を歩み始めた。以来30数年、さまざまな場所・局面で出会った個性あふれるミュージシャンや業界人らとの交流を小説仕立てで綴る“ドキュメントフィクション”。執筆者は音楽ユニット「Cosa Nostra(コーザ・ノストラ)」などを手がけるミュージシャン・音楽プロデューサーの桜井鉄太郎氏。同氏のブログは桜井鉄太郎.jp
