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桜井鉄太郎「ユメの行方」第2章—第47回
<1978.09.25 原宿『グータンメヒコ』>
この間までの酷暑が嘘のように、ここ2、3日は秋の気配が色濃く感じられる。ロス録音に行っていた秋山や宮本、えみからが帰国したので、このところ「今泉えみかデビュープロジェクト」は目が廻るほどのハードな打ち合わせが目白押しで、当然のごとく下っ端のトキオにはあらゆる雑務が降りかかっていた。
本格的なレコード制作者にならんとviva nonをせっかく卒業したのに、これでは芸能プロの雑用係と一緒だと嘆く毎日なのである。
いつのまに話が決まったのか、えみかサイドにはこのところ急激に力を付けてきている大手プロダクションがバックアップにつくことになったらしく、そこの指令で丸藤デパートの秋のキャンペーンソングに決まったえみかのデビュー曲「かけがえのない時間」のお皿を持ってトキオはレコード会社の宣伝マンたちと共に放送局や雑誌社巡りに、時にはハッピなども着て1日の大半を費やすはめになってしまっていたのだ。
おまけに暮れの賞レースにむけての審査員接待に深夜までかつぎだされたりすることも頻繁になってきている。
こんなことで本当に音楽の仕事に携わっているといえるのだろうか? いまさらながらトキオは後悔の念にかられ始めていた。思えばシャングリラレコードの荒垣にトキオの恋人ネリをデビューさせる計画を持ちかけられ、それに伴い彼のアシスタントとしてシャングリラに入社するという魅力的なプランを提案されたスペイン料理屋でのあの夏の夜、OKしていればトキオの人生は大きく変わったのだろうが、どうしても秋山のもとでプロデューサー修業をしたいという思いがトキオには強くあり、断腸の思いでNoの返事を荒垣にしてしまったのだ。
ネリはトキオのそんな決断をなじり、気まずい関係どころか絶交状態に現在は陥ってしまっている。噂によるとビージースージースーにネリをフィーチャーリングしてシングルをレコーディングする話が進行中らしく、ネリはどんどん磨かれ綺麗になっているらしい。
2人が出会ったあの夜から、トキオはしばらくネリの住む分不相応な原宿の高級マンションに転がり込んでいたのだが、ある日突然、鍵を替えられてしまってもう戻ることは不可能になってしまった。
こうなってみて、いまさらながらネリに対する自分の気持ちの大きさに気づき、彼女のつかまえにくい言葉と素早い行動の意味を何故もっと真摯に理解してやれなかったんだろうとトキオは後悔していた。
夕食を取る時間もなく今夜も芸能関係者の接待に追われ、午前1時を過ぎてやっと仕事から解放されたので遅い食事をとりに、いつもネリと来ていた原宿のメキシコ料理屋『グータンメヒコ』にトキオは足を運んでみた。
店内には、たゆたうようにPINK FLOYDの原子心母が流れている。すると店の一番奥まったところに見知った顔を見つけた。ビージースージースーの麦田公助だ。
トキオに向かって曖昧な笑顔で手を挙げている。隣にはよく見るとネリが。2人は立ち上がってトキオのいるテーブルに向かって近づいてきた。そして…。
<この項 つづく>
BACK GROUND MUSIC : PINK FLOYD / 原子心母
[登場人物]
幾田トキオ(24歳):viva nonレーベル制作担当
ネリ(20歳):ブル−スシンガーの卵
麦田公助 (22歳):ビージースージースーのリーダー
【この連載について】
1974年、まだJ?POPなどと呼ばれていないころの日本の音楽シーン黎明期。主人公・幾田トキオは音楽業界人としての第一歩を歩み始めた。以来30数年、さまざまな場所・局面で出会った個性あふれるミュージシャンや業界人らとの交流を小説仕立てで綴るメドキュメントフィクションモ。執筆者は音楽ユニット「Cosa Nostra(コーザ・ノストラ)」などを手がけるミュージシャン・音楽プロデューサーの桜井鉄太郎氏。同氏のブログは桜井鉄太郎.jp
