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北京での五輪開催は10年以上早すぎだ
■久保武司編集委員「KUBOログ」
北京五輪が開幕した。アジアでは88年ソウル大会以来20年ぶり。また社会主義国で開催されるイベントとしては史上最大の規模である。
4年前、サッカーアジア杯の取材で中国に1カ月滞在した。あの時はどの試合会場でも、まさに現地の人がやりたい放題。試合になるといきなり「君が代」にブーイングを始めたり、メールで扇動されたグループが突然記者会見場に入ってきて、当時指揮をとっていたジーコ監督に「台湾問題についてぜひ、ジーコ監督にご意見いただきたい」というスポーツと政治を思い切りブレンドした前代未聞の質問をしていたことを昨日のことのように思いだす。
8日の開会式は閉会式とあわせると総額100億円をかけたそうだ。7万円のチケットがネットで500万円で売り出されたり、開会式のCMに1分3億円も払う企業があらわれるなど、まさに五輪バブルそのもの。一夜明けた9日の現地の報道では開会式のテレビ視聴率が98%だったと報じていた。
しかし、現場に来て実感するのは、これは中国が世界に発信する国威掲揚のイベントだという思い。すべてが中国を中心に動いている。チケットはすべて売り切れているはずの競技でも実際は空席ばかり。ホテルも、注文してから40分以上も料理がでてこない。揚げ句の果ては「もう品切れだ」。しかも伝票には、来ていないはずの料理の料金がしっかり入っていた。タクシーにしてもそう。白タクでもないのにメーターを倒さず、倍の料金を「ニイハオ」と言ってにこやかに要求する。
一番困るのは英語が通じないこと。多くの学生がボランティアで動いてくれる五輪の取材センターでは不自由はしないが、いざ会場の移動などで駅にいき、切符売り場で英語で「ハロー」と言うと「はぁ?」と大声で返してくる。駅では筆談が必須だ。
64年の東京五輪の時もこのような感じだったのだろうか。北京では五輪にむけて日本でいう古くからの下町を取り壊し、立ち退きに応じない家々には高さ2メートル以上のれんがの塀で四方を覆い、まさに見せたくないものに「蓋」をしている町並みが北京でもあちこちでみられる状態だ。
4年に一度のすべてを賭けて五輪の舞台に立つ日本代表の選手たちには、ぜひ頑張ってもらいが、毎日スモッグに煙る空、本当は雨だったはずの開会式が人工降雨ミサイルで北京周辺だけに雨を降らすなど、「普通」が通じない国での五輪はやはり違和感を覚える。
4年前のアテネでは連日、素晴らしい青空の下で日本代表は史上最多金メダル16個を含む、最多の37個のメダルを獲得した。まだ開幕したばかりだが一度も澄み切った青空が見られない北京での五輪開催は、やはりどうみても行うのが10年以上早すぎた。

