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清丸惠三郎「企業戦略ウォーズ」(18)環境・省エネに挑む(4)東邦レオ
相撲の街両国の一角、墨田区亀沢1丁目。元横綱北勝海率いる八角部屋と背中合わせといったところに、電気工事業界の中堅「大坪電気」の本社がある。道を尋ねるに際して、「壁面を緑化してある会社なんですが」と聞いたところ、すぐに教えてくれた。地元ではよく知られているらしい。入り口横の壁面が縦1・5メートル、奥行き4メートルほど植栽されていて、この時期その緑が涼しげである。手前が駐車場になっているが、そこもコンクリートではなく芝が張られている。
「当社の大坪政次社長が常々、時代を先取りした仕事をしよう、環境に配慮した施工・管理を心がけようと言っているものですから、駐車場の芝生化をやるに際して、壁面も緑化したらどうかという提案があり、社長の判断で最終的に導入が決まりました。社員にも好評ですし、周辺の人たちや出入りの業者さんの間でも、うちもやりたいねと評判は上々です」と、深谷寅行営業企画部長はうれしげである。
大坪電気のこの壁面緑化を手がけたのが東邦レオ。2001年に東京都が条例で屋上緑化を義務付けたころから、いち早くこの分野に進出した同社は、六本木ヒルズやミッドタウン、あるいは小田原ラスカ(JR小田原駅ビル)などで、壁面や屋上などの緑化事業を部分的あるいは全面的に手がけており、橘俊夫社長によれば、「例えば小田原ラスカの場合、屋上に広がる庭園を見ようという人が多く、(来客が階上から下へ下へと移動する)シャワー効果さえ生んでいます」という。
また、取引先である都内の不動産会社は、原則として自社所有のビルについては屋上緑化を行うと決めたという。それにより不動産価値が見直されるということが分かったからである。
東邦レオの屋上・壁面緑化を導入する企業が少なくないのは、同社が土壌改良・緑化事業を早くから手がけてきたというだけでなく、簡易・安価なシステムの開発に努力してきたことも大きい。例えば壁面緑化の「グリーン・ファサード・ピクセル」という最新工法では、ケース全体を小さくし、15センチ角のピクセルポットを金属のフレームに差し込む形にした。これにより100種類の草花を自由に入れ替えて飾ることが可能になっただけでなく、価格も従来よりも4割は安い1平方メートル当たり7万9000円と業界脅威の値段が可能になった。水やりも自動化されており、剪定、草花の入れ替えなどもごく簡単にできる。
また、屋上緑化に関しても05年に、「R―パレット工法システム」を開発した。1平方メートル当たり60キログラムという既存施設の荷重制限を超えないように、発泡スチロール製のパレットに凹凸が付けられており、土壌の厚さを必要とする植物には凹部で対応できるようにしてある。これにより、以前なら背の低いセダムや芝生でしか対応できなかった栽培植物の多様化がこれで可能になった。土壌も専用の軽いもので、ツル科のものなら木も植えられるという。水やりなどに関して省メンテナンス化が図られていることは、「グリーン・ファサード・ピクセル」と同じだ。
東邦レオが土壌改良事業分野に進出したころには、樹木医どころか農学部出身者さえいなかったのに、今や樹木医だけで20人近くなり、ほかにも造園や土木の専門家が多数社内に蓄積された。このことが開発や緑化事業の伸びに大きく寄与していると考えられる。橘によると、東邦レオの業界内の位置は、壁面緑化がシェア20%でトップ、屋上緑化が20%で、トップグループという。
とはいえ、現在の売上高60数億円のうち、屋上・壁面を含めて緑化事業のウエートはさほど大きいとはいえない。しかし、環境・省エネ効果だけでなく、人間の心を癒したりする効果もあり、事業としての伸び率は高いと考えられるので、このふたつを軸に2015年には年商100億円に持っていきたいと考えている。
「ただ、今のところ壁面も屋上緑化もまだまだ価格が高い。これを安くしないといけない。そしてもうひとつ。今はまだ素材を売っているが、完成品というか、デザインされたもの、例えば会社名だとかブランド名だとかを壁面にアレンジして、それを売る。そうしたことも考えないといけない。世の中が変わるからといってそれを待つのではなく、そういう時代に存在感を発揮できる企業にならないと成長は手にできない」
橘は父親の創業した会社を、まもなく訪れる創業50年はもちろん、次の節目100年においてもしっかり存続していることを掲げて全力投球中である。
=敬称略
(経済ジャーナリスト)
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1950年3月、台湾から引き上げてきた父母の長男として松山市で生まれる。父泰治は建築資材の会社に勤め、60年大阪転勤。やんちゃ坊主で行動派だった俊夫は一浪ののち甲南大学に入り、在学中に世界一周の旅に。成績は悪かったが、世界旅行をした実績を武器に直接売り込み、JTBに入社。
しかし1年半後、病気で倒れた父親が創業した東邦パーライト(現・東邦レオ)に移る。当初、業績は順調に伸びたが、やがて曲がり角に。ベテラン社員は辞めていき、労働組合もできた。ここで橘は企業の文化、哲学の重要性を知り、若手社員中心にプロジェクトを結成、会社の方向性を固め、社員意識の変革に挑む。現社名も、その論議の中のキーワードから生まれた。つまり生活(Living)、環境(Environment)、貢献者(Organizer)の頭文字をつないだものである。
橘はまた、「企業は人なり」ということから、採用には毎年先頭に立って当たり、大阪の中堅企業にかかわらず、東大大学院はじめ有名校からの採用に成功している。行動派は今も変わらないようだ。昨年夏にはサハリンまで釣りに行ってきたばかりだという。
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