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瀬名秀明「イヴのみる夢」(46)脊椎損傷救う"変化する細胞"

イヴのみる夢 2038年。脊髄(せきずい)損傷を負ったNさんの弟から皮膚が採取され、特殊な液体の中に入れられた。この培養液に溶けている物質が、皮膚細胞を神経幹細胞へとリセットしてゆく。

 これはiPS細胞の次に登場するかもしれない夢の医療だ。会社員である自分がいきなり野球選手の自分へと変わってしまう状態を想像してほしい。私たちは赤ちゃんのとき、無限の将来の可能性を秘めていた。iPS細胞はいわばこの赤ちゃんだ。会社員である自分をいったん赤ちゃん状態にリセットし、パラレルワールドに住む自分へとつくりなおすのがiPS細胞の医療である。しかし一気にパラレルワールドの自分へと「ジャンプ」できれば、脊髄損傷の治療に間に合う。

 このふしぎなジャンプ現象は実際に起こる。骨髄移植を受けた患者の体内で、骨髄とは別の場所から移植細胞が変化してできたと思われる細胞が見つかることがある。神経幹細胞をある条件で培養すると、なぜか血糖値を調節する膵臓(すいぞう)の細胞になってしまうこともある。この原因はよくわかっていないのだが、細胞の人生をパラレルワールドへとジャンプさせるこの現象を安全に制御できれば、iPS細胞を使わない未来の医療が拓ける。

 京大の山中伸弥教授は音楽プレイヤー「iPod」から連想してiPS細胞という名前を考え出した。今後、新しい技術で幹細胞をつくれるようになったら、マッキントッシュの名前を使うことが流行するかもしれない。Nさんの弟に移植されるのは、培養から9日以内に安全性が確認されるMAC9細胞だ。

 ナノマシンが培養液の中からMAC9細胞を分別してゆく。神経幹細胞へと分化した細胞だけを選り分けることで、移植細胞が別の幹細胞へ変化してしまう危険を除くのだ。

 事故から1カ月後、Nさんは弟と対面した。ベッドの中で弟が微笑み、家族は感極まって涙を流す。幹細胞の研究は人がこの世に生まれ、発達・成長してゆくその本質を解明することに直結する。今後の成果に期待しよう。

■瀬名秀明「イヴのみる夢」
(45)iPS細胞使い遺伝子に合う薬選択
(44)iPS細胞を安全、簡単に
(43)再生医療の未来をひらく(3)
(42)再生医療の未来をひらく(2)
(41)再生医療の未来をひらく(1)
(40)応用範囲広し"テラヘルツ波"
(39)脳の"可塑性低下"うつ病の原因
(38)「医工学」が生んだ人工網膜
(37)未来技術の"予言"を一般公募
(36)感情スイッチで皮膚に紋様
(35)蛇のように膜でドライアイ防止
(34)未来の福祉ロボットのヒント
(33)他者の痛みが分かる「感情移入」能力
(32)セクシー美女が大バクチを呼ぶ
(31)骨伝導で語学学習や音楽を堪能
(30)体格と性格の相関をメタボ対策に応用
(29)お菓子感覚でキッズサプリ
(28)ご飯のお供にワクチンふりかけ
(27)歩くだけで5ワット! 人体発電機
(26)ミトコンドリア・ダイエット
(25)肥満解消に魔法の弾丸
(24)脳に埋めたチップが支援
(23)遺伝子操作で神経回路オン・オフ
(22)細胞をプリンターで印刷
(21)家禽の遺伝子改変で抑制も
(20)脳を活性化するサービス
(19)日本語は感染症予防に効果的!?
(18)心の痛みに効く処方
(17)“予知”能力もトレーニングできる
(16)「ゆらぎ」を活用する生命
(15)標識付きウイルスで伝播追跡
(14)父親から受け継ぐ「寿命の回数券」
(13)人類のⅠ型糖尿病も同じ!?
(12)「し忘れ」と「し間違い」の脳科学
(11)体外離脱でメンタルヘルスケア
(10)仮想空間で運動障害をリハビリ
(9)「アルツハイマー病予防で残りの人生謳歌」
(8)「ロボットと運動する楽しさ」
(7)「ペットが分身に?」
(6)「オヤジ臭さ」撃退!
(5)「人間の脳と機械の体を"融合"」
(4)「自分の脂肪でケータイ充電」
(3)「自分の一部を機械が操作」
(2)「ゲノム情報を読み取る」
(1)「ミトコンドリア占い」

投稿日: 2008年08月27日

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