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「言葉のタネ明かし」教え子―あくまで教師の側が使うもの
小学校や中学校の同窓会をお盆(月遅れ盆)の時期に開くところがあるという。地域によっては、出身者の多くが帰省できるときでないと集まるのも大変なのだろう。
ところで同窓会ではしばしばこんなシーンが見かけられる。高齢のためか記憶が薄れかけている先生に、「先生、僕をお忘れですか? いやですねえ、教え子の山田ですよ」…。それでも思い出せないのか、先生は申し訳なさそうにしている。
山田さんの気持ちも分からないではないが、彼が自らを「教え子」と言っているのがちょっと気になる。「教え子」というのは「自分が教えた人」の意で、「山田君はぼくの教え子だ」などと、あくまで教師の側が使う言葉である。だから山田さんは「先生に教えていただいた山田ですよ」と言うべきだったのだ。
教師との関係でほかにも注意したい言葉に「私淑」がある。大学で教えを受けた先生をずっと尊敬している人がつい、「僕は山本教授のゼミを受けて以来、山本先生に私淑している」と言ったりすることがある。「淑」は「慕う」の意だから、「私淑」とは「個人的に慕うこと」だと思い込んでいるのである。
私淑の「私」は「ひそかに」の意で、「吉田松陰に私淑する」のように直接教えを受けていない先生を慕うときに用いるのが「私淑」だ。
(産経新聞編集局校閲部長 清湖口敏)
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