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桜井鉄太郎「ユメの行方」第2章—第48回
<1978.011.25『原宿グータンメヒコ』>
麦田公助は思いっきりの笑顔でトキオに握手を求めてきた。ネリは、というと、おずおずした面持ちで公助の後ろで床に視線を落としている。おかしい。明らかに普段のネリではない。
「トキオくん、こんなところで会うとは思わなかったよ。あ、そうそうネリちゃんと今度一緒にレコーディングすることなっちゃってね、それで今、打ち合わせしてたのよ」
言い訳がましく話す公助を見ていて、トキオは何だか悲しくなってきた。少し前までは律儀でリズム&ブルースが大好きで、いつもカネがなくてviva nonの焼 きうどんと安ウイスキーで満足してて人情もろい男だったのに、いまや格好も小綺麗に決めて、口調もどことなく芸能人風だ。
でも、トキオはこの男が大好きだった。公助の才能をもってすれば近い将来、日本の音楽シーンを背負って立つ存在になるんではないかと大袈裟ではなく思ってた。すると下を向いていたネリが 突然、トキオを真正面から見据えてつぶやくように口を開いた。
「ごめんね、こういうことになっちゃったんだ」というなり、公助の腕に自分の手を絡ませた。
「別にいいよ。俺に遠慮することなんかないさ。公助はいいやつだからうまくやんな」
そう言うとトキオは後ろも振り返らずレジで勘定を済ませると外に出た。思ったよりショックはなかった。
「これで何にも無くなっちまった」
自分で自分に言い聞かせるようにトキオはただひたすら歩いた。
思えば、あまりにも自分にとって大きすぎる存在だったネリが、いつしか過度なプレッシャーとなっていたのかもしれない。意外なほど喪失感はない。空を仰ぐ。もう、うっすらと夜が明け始めている。
新鮮な朝の匂いが立ちこめる中で、トキオは驚くほど背筋が伸びて、まるで修行をつんだ僧が瞑想から醒めた後のような心境だった。遠い出来事の記憶でも探るように自分自身を静かに見つめ直し、あらためて「音楽する」ということに意を決すると、突然頭の中で鳴り始めた荘厳な音楽に静かに耳をすましてみた。
ポール・マッカートニーの「May Be I'm Amazed」だ。トキオは深く息を吸い込むと、目を閉じてこの数年間の一つ一つの試練と戦いの思い出を面映いような、懐かしいようなやさしい気持ちで捉え返していた。
<第2章 終わり>
BACK GROUND MUSIC : PAUL McCARTNEY/McCARTNEY
[登場人物]
幾田トキオ(24歳):viva nonレーベル制作担当
ネリ(20歳):ブル−スシンガーの卵
麦田公助 (22歳):ビージースージースーのリーダー
【この連載について】
1974年、まだJ?POPなどと呼ばれていないころの日本の音楽シーン黎明期。主人公・幾田トキオは音楽業界人としての第一歩を歩み始めた。以来30数年、さまざまな場所・局面で出会った個性あふれるミュージシャンや業界人らとの交流を小説仕立てで綴るメドキュメントフィクションモ。執筆者は音楽ユニット「Cosa Nostra(コーザ・ノストラ)」などを手がけるミュージシャン・音楽プロデューサーの桜井鉄太郎氏。同氏のブログは桜井鉄太郎.jp
